一年間大変お世話になりました

 年末年始, 日記・コラム・つぶやき  一年間大変お世話になりました はコメントを受け付けていません
12月 312008
 

今年もいよいよ残り少なくなって参りました。

夕刻、NHKで小澤征爾が振るベルリンフィルのチャイコの悲愴を聴きました。 まさに世界最高水準の演奏でしょう。コンサートマスターの安永氏の統率の下、堂々たる演奏。目をみはる集中力! 生き馬の目を抜く音楽界で20年以上もコンマスとして、しかも世界最高のオケに、日本人として君臨しているのです。 小澤氏が何かと取り上げられる事が多いですが、安永氏はもっと日本で称賛されていいのではと、日頃から感じています。

今年の六月にブログを始めて約半年。いろんな事を書き殴ってきましたが、 来年も、人間を尊敬しながら音楽を愛する事のできる一年になれば幸いです。 駄文を読みにわざわざおいでいただく多数の皆様、そして、仲間の団員貴兄には大変お世話になりました。

来る年におけるご多幸を心からお祈りしています。

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不毛の原野を拓く2…「あんた、そんな態度じゃ音楽にならないよ」 ←楽譜を捨てて去ったくせに偉そうなこと言うな

 特集  不毛の原野を拓く2…「あんた、そんな態度じゃ音楽にならないよ」 ←楽譜を捨てて去ったくせに偉そうなこと言うな はコメントを受け付けていません
12月 272008
 

これも平成8年(1996年)の話なので、もう12年以上前になるか。

中曽根指揮者就任以来、幾つかの改革を進めてきたが、そのうちの大きな一つが、新聞広告掲載による団員募集であった。(平成7年=1995年に実施)その結果、4人の新団員を獲得したのだが、今回紹介するのはそのうちのお一人だ。そのお方(仮に”X”と名付けよう)は、トップテノールに属していた。音楽的素養もあり、金管楽器を器用にこなし、別途海外での音楽活動経験も有するという、当時の団にとっては全く稀有で重要な存在であった。

記念すべき第1回演奏会まで二ヶ月を切った平成8年(1996年)4月の、とある練習日のことだった。この日に限って、トップが一人も出席していない。しかも例によって無連絡だ。他のパートは全員とはいかないが、概ね揃っているという状況。

団長も不在のその日、演奏会直前ということもあり、このままでは練習にならないため、マネージャーという立場上、これを放置するわけにもゆかず、やむにやまれぬ気持ちで、私は、当時の練習場の電話を借り、一番近傍に住むXの自宅に電話を入れた。(当時は携帯はほとんど普及していなかった)すると、Xの奥様が電話に出、団名と名を名乗り、Xに代わって欲しい旨伝え、事情を訴えるも、奥様は、なぜか声の表情が訝しげな調子が変わらない。私もまだ若かったのだ、その時点で状況を察知できなかった。

そう、その日、Xは練習に出かけると言って既に家を出ており、実際には練習場に向かわずに、どこか別の場所に出かけていたらしいのだ。(行き先がどこであるかは、ここでは問題でないので、想像にお任せする)Xが帰宅後、奥様と大もめになったのは想像に難くない。

翌週の練習日、彼は練習場に現れるや、強張った形相で、真っ直ぐに私のもとへやってきた。状況を半ば察していた私は機先を制するつもりで、こう言った。

 「先週は突然連絡してすみませんでし・・・」

だが、Xはこれを上回る勢いで、
こうセリフをかぶせてきたのだ。

 「あんた、そんな態度じゃ音楽にならないよ!」と。

そして、踵を返すや、このまま練習場を後にして、二度と戻ることはなかったのだった。

筆者はXの過剰反応ぶりにただただ悄然とするしかなかった。彼は音楽的にも優れており、彼なしでの第1回演奏会は考えられなかった。やりとりを見守っていた他の団員達に事情を話すと、私に非は無いと慰めてはくれたが、成り行きではあったが、その日、浅い考えで彼の自宅に電話を掛けたことを悔いた。中でも、彼の最後の(捨て)台詞は、運営を預かる立場としての適性を自問させるに充分であった。

しかし、この日の練習が終わり、ふと練習場の片隅にあるゴミ箱を見やると、無造作に何かの書類が投げ捨ててあるのだ。不審に思い手に取ってみると、何と楽譜である。しかも、Xのだ。その時は気がつかなかったが、去り際に投げ捨てて行ったのだろうか。この瞬間、私は彼の事実上の退団に納得できたのだった。どんなに音楽的素養に優れた人でも、楽譜を捨ててしまえるという感覚というものは、私には理解が出来ない。どんなに怒り心頭であってもだ。

音楽が愛おしくないのか。ましてや、楽譜には罪はない! (笑)楽譜を捨てて去ったくせに偉そうなことを言うな。

その程度の人間なら、退団上等である。だから、練習も平気で休めるのだ。きっと、アマチュアの合唱練習を見下していたのだろう。そんな人間が、日常、堂々と楽器を演奏し、人様に音楽と称して聴かせている事自体驚きだ。今振り返るに、きっかけは私の若気の至りであったが、折り合える余地は充分にあったものの、彼の直情的な行動がそれをさせ得なかった。それとも、彼の怒りは、私の想像を遙かに越えた域に達していたのであろうか。この謎は、一生解明されることはないだろうけど、Xが捨てて行った楽譜は、大事に今もとってある。(彼は戻って来ないが)

携帯が普及した今は、こういう行き違いはなかなか生じにくくはなった。

合唱団員貴兄に告ぐ。どうしても自由時間が欲しくば、正規の練習日以外の時間帯に設定すべし。臨時練習でも臨時パー練でも何でも入ったと言い訳するが良い。筆者の所にご家族から確認電話が来ても、今は機転を持ち合わせているので、ご心配なく。きっと上手く説明もできよう。(笑)

・・・この時期、不毛な大地の開拓は、緒についたばかりであり、魑魅魍魎(ちみもうりょう)との戦いはまだまだ続くのだった。(笑)

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合わせるということ(その1)

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12月 252008
 

ある日、私はいつものように酒をくらい、居所寝をしていたのだった。夜更けにふと目が覚めて、つけっぱなしにしてあったテレビを見ると、寝返りを打った時に、リモコンを背中で踏んづけたらしく、チャンネルが放送大学に切り替わっている。

普段めったに見たことのないチャンネルだが、何かの講義が流れているようだ。なにやらインドネシアの民族音楽か、見慣れない幾つかの楽器を奏でている。楽器の調整悪いんじゃないか、同じ楽器なのに微妙に音がずれてる、、、あー眠いなぁ…、なんて感じでボーッと見ていた。

ふと、手元ののテレビの番組表で確認すると、音楽理論基礎講座とのこと。お題は「合わせることについて」。へぇ~?と思い、広い意味で合唱に関係あるじゃん、と、ちょっと興味をもって見ることにした。

古今東西の代表的な楽器や歌を例に、合奏の意味を探るとでもいったところか。私も初めて耳にした学問で「計量音楽学(cantometrics)」というのだそうな。

アラン・ローマックスというアメリカの民俗音楽研究家が著した書物によれば、この世の「声を出す集団の社会的組織」は次の九つのカテゴリに分類できるという。

1.独唱
2.独唱の交替
3.斉唱
4.不一致
5.指導者と集団の間の単純な交替
6.集団と集団の間の単純な交替
7.指導者と集団の間の交替
8.集団と集団の間の交替
9.有機的な組み合わせ

何だか難しそうなことを書いてしまったが、なんのことはない、当たり前のことである。西洋の教会ミサにおける司祭と信者達が一つの例えだろう。5.と7.や6.と8.の区別がつきにくいが、各々の歌が時間的にかぶっているかどうかの差だけである。

我々の合唱や管弦楽などは9.に属するとのこと。ま、これは大体合点がゆくが。

興味深いのは4.の「不一致」である。番組では例示として、アマゾン奥地の原住民が唱和する録音が流された。

それは、様々な旋律・・・それは決して流麗とか柔和とかいった概念からかけ離れた・・・ともすれば雑然と言おうか、混沌と言おうか。(これは聞いていただくしかないのだ)しかし、その歌声には、人間の声が担ってきた原始的な役割というもの、そして、神々しいほどの一筋の信仰心が宿っていることに心を動かされずにはいられなかった。

ただ、これはリズムだとか、音程とか、そういう次元を超越している話である。もしも音楽の原点というものがあるとしたら、この辺の事なのではないか。

さて、次に例示されたのは、何と日本文化伝統(?)の「長唄」だ。ご存じ長唄は、一人の歌い手(謡い手)の他に、三味線一丁もしくは二丁で行う。

長唄の最初の稽古時は、もちろん一定の拍に合わせて三味線も一体で行うが、熟練するにつれ、徐々に拍頭や音などは完全に一致させなくなるのだという。いや、しかし、その行為自体は、合わせるということに他ならないのだ。

そしてその事自体が、長唄という音楽に趣を持たせてゆく。もちろん、そうする方がより「粋」であるという、江戸時代以来の感性も投影されているのだろうが、それにしても、これらが楽譜には一切書いていないということは、我々の取り組む合唱などと同様。

この件は、

 ここ(2008年11月8日(土)通常練習)や、

 ここ(「暗譜>>譜持ち」ではないです ←理解と盲従は違う)

等で記したとおりである。

いかに「音楽を加える」か…。結局はこの一事に何度も何度も回帰し、そして苦悩する他ないのである。

今年亡くなった大俳優、緒方拳さんの語録に、「演じるということは演じないということに通ずる…」というものがある。

これと同様、音楽においても、似たような事が言えるような気がする。「合わせるということは合わせないということに通ずる」と。

必要十分ではないにしても、大いに参考になる話ではある。そして、楽譜ベタ見の話など消し飛ぶほどの、実は深イイ話なのである。

(つづく…と思う)

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2008年12月20日(土)通常練習

 練習日誌  2008年12月20日(土)通常練習 はコメントを受け付けていません
12月 212008
 

今年もいろんな事があったが、6回の本番機会をこなし、充実した一年となった。
更には4人の新団員を迎えたり、休団者の復帰もあったり、出会いの年でもあった。
そして、本日、年内の全日程を終了することとなった。

よって、練習日誌も、当分お休みということなるが、
他のカテゴリで駄文を連ねる予定もあり、 完全休業とはしない所存だ。
今後とも、本ブログへのご批評をお願いいたして、年末のご挨拶にかえさせていただく。

■場所 前橋中央公民館(46スタジオ)
■出席人数13名(T1:3 T2:2 B1:5 B2:3)
■練習内容
 1.体操・呼吸・発声
  ○呼吸(2吸→6呼、2吸→8呼、瞬吸→8呼;二人組でチェック)
   ・喉を開けると、外気と内気が直結される。(←これを原位置として覚え込まねばならない!)
   ・しかし、歌唱に使うには、制御が必要である。 果たしてそれをどこでコントロールするというのか?
    これがまず大きな分岐点。支えをなくせば、支えられない横隔膜が震えたりするはず。
   ・大抵、普段の日本人の喋りの習慣から、喉元でコントロールしがちだが、
    まずは、息を吐く際に喉に引っ掛けない。(シャーという息の擦れる音を出さぬよう)
   ・外気と内気が直結されたときの不安定さ
   ・ニュートラルな状態・・・ これを絶対に体得すべし!時間がかかっても体得すべし。
  ○裏声訓練(ルーティンワーク)
   ・団員一人一人に、裏声を出す際に、何を心がけているか尋ねてみる。
    いろんなボキャブラリーが出てきて、各自インスピレーションを働かせていたようだ。
  ○発声練習
   ・ハミング
   ・裏声での声出し数本、実声での声だし数本(省略)
 2.パート練習
 

 【曲目】”チャイコフスキー歌曲集”より「憧れを知る者のみが」

本歌曲集のうち、最もスローテンポかつ繊細な佳曲。
内声が切々と歌い上げるシーンが印象的である。

原曲ではピアノ間奏となっている部分を、この編曲では敢えて歌詩を振って歌う部分もある。
リズムが難しくない分、譜読みはスムーズだが、パートの掛け合いが多く、
ピアノが入らないと、入りの音やタイミングを逸しやすいので、
当面は集中力を切らさないよう頑張らないと、しんどい一曲になるかも。

P40.38小節からは43小節の頂点に向かって駆け上がる感覚は、 ロマン派男声合唱歌曲の中でも筆頭クラス。
譜読みは、単純なEs-Dur(変ホ長調)。

したがって、バリトンは最初が「ラ」、ベースは「ド」。
普段「へ音記号」のベース系だが、「ト音記号」に置き換えるとで、
譜読みがハ調読みで偶然合致するという、小市民的喜びも付録で付いてくる調である。(笑)

3.アンサンブル
※譜読みであるが、母音をつぶさぬよう歌うように。「レ」「ミ」「シ」などは要注意!

【曲目】”チャイコフスキー歌曲集”より「憧れを知る者のみが」

 ・(T2,B1)30小節 前もって入りの準備をすること。
 ・(B2)27〜30小節 半音下行は特に留意して歌うべし。喉での棒歌いは厳禁。
          本箇所での指揮者の意気込みは並々ならぬものがある様子。 でたぁ! 「ベースメン、お覚悟を!」

【曲目】”チャイコフスキー歌曲集”より「語るな我が友よ」
 ・(全)13小節 1拍目。内声は動いて和音を変えるので、しっかり動き和音を決める。 トップは、それを聞く+感じる

【曲目】”チャイコフスキー歌曲集”より「何故?」
※前回も似たような事を記したが、音取りの時間というものは、実に興味深い。
 当然、個人的な譜読みの予習の時に、全体を概観してわかっているつもりになっているのだが、
 メンバーとこのように音取りに取り組むと、意外な響きが聞こえてきたりして面白い。

 音取り初日に感じる事・・・それは大抵表面的なことが多いのだが、自分が感じるだけでなく、
 同様に音取りに熱中する他のメンバーから教えられることも多い。
 (当然、その本人は誰かに教えようと意気込んでいるわけではないのに)

 時には、早くも作曲者の後ろ姿や、その影が、すぐ近くにちらつくことだってある。

 このように、音取り練習の時間というものは、
 その曲の題材や音材といったものが練習場の空気中に宝石のように散りばめられ、
 網を持って野原の蝶を追いかける子供のように、 この最初の出会いの際に、
 どれだけ、それらを採集できるかというのが勝負なのである。 (・・・と妄想している)

 あ〜音が取れねぇ・・・と悩む時間となる場合が多いのだろうが、
 指揮者が弾いてくれる自分のパートの音以外にも、 取らねばならぬ音や、気付くべき事はたくさん潜んでいるものだ。

 そんで、結論は前回と同じ。 音取りの時間は、曲に対する団の初期値を決定する重要な一局面であるということ。
 中学の関数で表現すれば、 y= ax + b (但し、aは定数;正の値でありたい。アハハ) の、
 「b」の値が決める日であるとでも言おうか・・・。(なつかしー)

 この曲に限って言えば、結果論であるが、23名中13名での音取り練習であったので、
 収穫した初期値は、残念ながら少々小さかったかも知れない・・・。
 (こういう場合、もう「a」を上げてゆくほかないわけで・・・汗)
  指揮者が数学科出身なので、ちょっと無理して書いてみましたっ

■連絡事項
 (指揮者より)
  ・次回練習での音取りは「ドン・ファンのセレナーデ」 譜読みは、h-moll(ロ短調) 予習できる人はしておいて下さい。
   最初の階名(全パート「ラ」から)

 (事務局より)
  ・演奏会ちらし(吉井高校)のご案内
  ・次回練習は1月17日(土)前中公 (その他)
  ・武井氏よりご挨拶
   8月より暫時休団していた武井友弘氏(T1)が、久々に顔を見せてくれた。
   わざわざ休団中の非礼を詫びにおいでいただいたのだが、実にナイスガイである。
   忙しい時があるのは、お互い様である。
    とにかく健康で頑張って、今後もみんなで助け合っていこうと来年の再会を誓った。
   (武井さん、お菓子をごちそうさまでした)

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本年最終練習を打ち上げ! 次回練習は来年1月17日。 よいお年を・・・

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12月 202008
 


12月20日(土)。 この日の通常練習で、2008年(平成20年)練習日程を打ち上げた。
(画像は、練習納め風景)

この一年を軽く振り返ってみよう。

昨年11月に第4回演奏会を終えた我々は、年末年始をまたぐ足掛け2ヶ月の間に3回にわたる合唱ボランティアを実施して活動開始。その後、パート異動が 発令され態勢を整えて新レパートリー「I’ts Broadway Musical」に取り組んだ。

一時、出席率が低迷し、音取りに難儀するものの、約半年の時間を費やして、なんとかうち2曲を10月の県合唱祭で歌うまで に仕上げることが出来た。

7月には「おとうさんコーラスinぐんま」に初参加。11月には水上温泉「ひがきホテル」と12月の「しんとう苑」で、相次いでミ ニコンサートやボランティア演奏を開催して一年の活動を締めくくった。

また、今年は新たな仲間とも出会うことができた。

上半期には宮島・木暮両氏、下半期には佐藤(大)・飯島両氏の合計4人を新戦力として迎えることができ たのだ。更には、秋から冬にかけて吉田氏、後閑氏が団に復帰、この最終練習にも8月から休団していた武井氏が姿を見せ、来年の復帰に意欲を示してくれた。

来年の第5 回演奏会に向け、一丸となって、ストイックな中でも、明朗快活とした練習を重ねて参りたい。

来る年での、読者貴兄のご多幸と、小団の飛躍を夢見、行く年を送りたい・・・。

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会社と同様、合唱練習には否応なく行かねばならないのか ←欠席連絡できないほどに出席にこだわり過ぎるのは本末転倒 (題名一部変更12.22)

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12月 192008
 

※一部、混乱を招くと思われたので、斜字部分を2008年12月21日加筆しました。

合唱団というものが社会学でいうところの「コミュニティ」のうちの一つの形態であることは論を待たぬ。コミュニティは、人間関係を基礎として成り立つので、その中で様々な助け合いや共感、時には対立を生むことは、むしろ自然な現象である。

社会の中で我々は良好な人間関係を保つために、様々な道徳、慣習、倫理等にすがって生きている。当然、合唱団の中にもこの価値基準は入り込み、合唱団員達は、合唱団内での日常的なシーンにおいて、特に強く意識するわけでもなく、臨機応変にそれを適用しながら合唱ライフを送っているものだ。

ただ時に、我々は普段から心がけてはいても、不義理というものを犯してしまうことがある。そんな時、その合唱団員が合唱団という枠から出て一社会人として振る舞っている時と、合唱団内で活動している時とで、同種の不義理を犯したとしても、取る対応が異なって表れるケースがままあるのだ。そして、それは小団だけでなく、どこの合唱団でも見られる一般的な現象であるようだ。

例えば練習の出欠についてだ。(特定の個人を非難する意図なし・・・また為念)私がマネージャーを拝命して以来15年近く。団の出席率について統計をとってきているので間違いのない話だが、練習欠席者の二割程度は、何の連絡も寄越さないという現象である。

それも、特定の人物に偏っているというのではなく、在籍した団員の六割は、最低でも一度以上は、連絡せずに練習を欠席している。ちなみに、在籍団員の九割以上が、無連絡での遅刻経験を持つ。ただ、合唱団の枠から外に出た場合、特に会社を休む場合等、立派な一社会人が、同様に連絡をしないことはまずあり得ない。これは一体何を意味するのか。

一方は仕事であるので生活基盤に直接影響するが、もう一方は趣味であり、これを失っても大きな影響はなく、欠席時における連絡の必要性もこれに追随して希釈されるという推論が、少々極端だがすぐに思い浮かぶ。

自らの生活における数々のカテゴリの優先順位が確立されているとでも言おうか。しかし、このような著しい自己中心的な考えを、一社会人が抱くとは到底思えぬ。あとは、同好の士への甘えであろうか。仕事上であれば我慢も出来るが、その他ではしたくないというのであろうか。それもあろうが、いずれにせよ、自己中心的な見地から脱したものではない。

ひとかどの社会人が、なぜこのような行動をしてしまうのか。

あくまでも仮説に過ぎず実証できないのだが、それは合唱をする上で何に重きを置くかという点だ。合唱をするには、言うまでもなく、自分が他者を必要とするだけでなく、他者も自分を必要とする。集団で何かに取り組む場合、チームワークというものは、スポーツにおいてはその価値は一般的に見いだされているが、合唱においては比較的軽視される風潮があるのではないか。

こう考えると、出席至上主義のようだが、私はそれを主張しようというのでは断じてない。

その道具たる声というものがメンタルに大きく左右されるという性格を持つ以上、発声・歌唱技術を習得する以前に、自らを律し、パートとして律し、合唱団として律するという訓練が合唱練習においては避けて通れない。これを前提とする限り、合唱団には一定の規律や全体を俯瞰する視点というものが必要であろう。

勿論、出席できるに越したことはないだろう。前回の記事でも、未経験者が団に即効的に貢献する術は毎回の練習に出席する事だと書いた。しかし、それより遙かに重要なのは、全員による規律の遵守である。

会社と同様に、否応なく出席せねばならないというのではなく、出席しようが欠席しようが遅刻しようが、その連絡を持つことにより、合唱団の空気というものを良好に維持することの方が、ずっと大切だということである。

その規律の一つとして欠席時の連絡を挙げるとすれば、合唱団にとっては、音楽の高みを目指す上で、それは当然なされなければならない行為であるのだ。

その事に気付くには、人によっては多少の時間を必要とするかも知れない。だから欠席連絡しない方を問いつめる意図はない。(しつこいですな・・・)【←今回加筆】

合唱団という集団内に規律が求められる理由とは、このように技術的要請によるもので、会社組織等においてそれが求められる理由と完全一致しないが、実は突き詰めれば同質のものである。

ぐだぐだと、理屈っぽく考えてきたが、そもそも、社会の真部分集合に過ぎない合唱団内において、一般と同様の価値基準を適用しないことに無理がある。

だから、敢えて団の規律としてお題目化するよりは、普通の生活慣習だから当然すべきものとして理解した方が、すんなり受け入れられ、単純に団内環境の向上に資するのかも知れない。

「朗らかな楽しい雰囲気は、行き届いた規律の中からのみ生まれる」
(「合唱事典」〜音楽之友社)


※一部、混乱を招くと思われたので、斜字部分を2008年12月21日加筆しました。

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経験者?未経験者? ←未経験者こそ合唱団レベルアップの原動力だ

 合唱組織論, 日記・コラム・つぶやき  経験者?未経験者? ←未経験者こそ合唱団レベルアップの原動力だ はコメントを受け付けていません
12月 162008
 

前橋男声合唱団は、現在団員数20余名。もちろん、合唱に関しては経験者と未経験者の混成チームである。

もしかしたら、未経験者の諸君は、経験者に対してある種のコンプレックスを抱くかも知れない。経験者の出す声が、ちょっとでも響きがあったりすると、スゲェと思ってしまいがちだ。敢えて申し上げるが、そんな劣等感は、合唱団という趣味の集団の中で、全く無益な概念だ。

声が大きいか小さいか、響きが有るか無いか、合唱経験が長いか短いか、技術レベルが高いか低いか、はたまたプロかアマチュアか等々…、こういう二次元的な比較は、合唱音楽に親しむという一点の前では、ほとんど重要ではない。

そりゃ、一人の歌い手という単品として、他の歌い手と比較されれば、多かれ少なかれ劣等感がわき上がってきてしまうことは人間的な面で否定はしないが、所詮、他者との比較は合唱をやる上で、果てしなく無意味に近い。

重要なのは自分自身である。もし、コンプレックスの価値を認めるとしたら、それを自分にとってプラスのモチベーションに転化できる場合のみだ。

既に、あなた達は合唱団の一員である。(ただし、ソリストではない)確かに、技術力のアップは一朝一夕ではいかないが、今日からできることがある。それは協調性の発揮だ。毎回の練習にきちんと出ることだ。

個人の技倆が高くとも、合わせる意識に乏しい合唱団員は少なくない。そして、経験者にとっては、自分の経験こそが、進歩を妨げる元凶となることが多い。特に、合唱経験が長かったり、そこそこ歌えていると自認している団員は要注意だ。(経験者を非難しているのではないよ…くれぐれも為念)

発声面を例にとれば、結局、自分の未達成な技術…いわゆる痛い所に斬り込んでいない場合が多い。

「やる気がないわけではない」と、経験者様は、きっと反論されるだろう。しかし、長期間、痛い所に斬り込めないのでは、「やる気がない」奴と一緒で区別がつかないのは事実だ。不断のやる気を持ち続けても、具体に行動しないのでは、不断のやる気を持っていないに等しい。

この辺でいいやと、高みを目指すのを忘れて、中腹からの景色で満足してしまい、次のチェックポイントに向かってトライを怠っている場合は実に多いものだ。更なる努力が面倒なのか。しかも出来る力を持っていながら、はなから諦めてそれをしなかったり。しかも、そういう方が団内で目に余ってきて、指揮者などが注意することがあっても、かえって逆効果だったり。

実に勿体ない。得べかりし利得が得られないのだから、団にとっては大きい損失である。(無論本人にとってもだ)これは、この世の幾多の合唱団にとって、実に陥りがちな共通現象の一つであろうなと、大した数の合唱経験しか持ち得ない筆者ではあるが、強くそう感じている。

その中で、未経験者の存在は大きい。未経験者こそが、純粋に団全体のレベルを押し上げる健全かつ最大の原動力なのであるから。

ただ、それには経験者の支援が欠かせない。今回、経験者をやや突き放すような物言いをした筆者だが、経験者のもつ向上意識の総和は、やがて団内の空気に投影され、未経験者がこれから抱くであろう向上意識の微分係数に反映されることになるのだから。

経験者が未経験者を育てるという側面は、あらゆる集団の中で、基本的な防衛本能でもあるのだ。

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東京農業大学第二高等学校(農二)吹奏楽部 第51回定期演奏会(その2)

 演奏会レポ  東京農業大学第二高等学校(農二)吹奏楽部 第51回定期演奏会(その2) はコメントを受け付けていません
12月 152008
 

そして第3部。フィナーレはお待ちかねのマーチングだ。 最近は、小学校の鼓笛隊も、マーチングバンドとして再編成されつつあるほどに、中学~高校吹奏楽ではメジャーになって久しい。

近年は全国マーチングコンテストでも常勝農二の名をほしいままにし、今年の全国マーチングコンテストでは惜しくも銀賞に泣いたが、その実績は、全国に轟いている。ただ、吹奏楽コンクールでは、群馬代表は確実ながらも、西関東で苦戦気味であるようだ。

我々前橋男声合唱団にとっても、過去には冬季国体で共演するなど、間接的に接点をもち、 彼らの優れた演奏・演出を実際に耳に目にしてきている。

本来、アリーナ系の会場では、スペースも十分で、マーチングは本領を発揮するが、 ここ手狭な音楽センターでは、どうしても表現が限定的となるのはやむを得ないところか。

数々の映画音楽のテーマ曲群に合わせて、 様々な照明・メンバーの動きが絶えず面前に変転流転し、一定の音楽がそこにとどまることを知らない。

この音響空間には常に作られた刺激が存在し、その刺激が更なる刺激を求めるというのか。

ステージの花形、ドラムメジャーによる統制のもと、 規律の行き届いた集団芸術が、時にはエネルギッシュに、時には粛々と繰り広げられる。

一方の花形、女子カラーガードの優美で力強い演技は、否応なく会場の昂揚感を高めてゆく。

中押しには、ウェストサイドストーリーという名作ミュージカルの有名場面が、 本格的なアクションを交えながら再現されてゆき、年輩層も思わず引き込まれ溜息を漏らす。

ライトなブラスの響きに乗せ、ステージ上で踊り歌うヒーロー達とヒロイン達。若さという、美しくも脆いもの…。私もこの年になって、その特質を思い起こされ、深く嘆息するのみであった。

そして、日本人に親しみやすいメロディーを生みだしただろう名作曲家の作品群を、 吹奏楽アレンジでメドレー化した「マーチング・チャイコフスキー」で演奏会は、大輪の花火のごとく大団円を迎えたのだった。

アンコールの後、観客はこの演奏会のもう一つの意味を知らされることになる。それは、卒団する三年生にとっての最後の演奏機会であるという側面だ。

一、二年生の演奏の中、指揮者の樋口先生からフルネームを呼ばれると、一人一人が上手から入場し、センターステージで時には個性的なパフォーマンスを交えながら、客席側に一礼して下手にはけてゆく。 三年間の様々な思い出が去来するのだろうなぁ。

一人、そしてまた一人…。 演奏しながら今にも泣き出しそうな団員達。 客席からも、すすり泣きが聞こえてくる。三度目の最終公演では、みんな泣くのだろうな…。

そして、幕が下がり終演。この時点で15時を過ぎている。満腹である。 もう少々純吹奏楽的な演奏に時間を割いて欲しかったのは筆者だけだろうか。

そうすれば、演奏会自体、奥行きがあって多面的で陰翳の濃いものになったのではないか。吹奏楽という音楽を通して、高校生達の純粋でフレッシュな生き様を目にして心が洗われた後は、 すぐに現実的な俗世間に引き戻される。

特に、群馬音楽センターに人気のある演奏会を聴きに行く場合、 多少の混雑や少々の不満は自己のうちで消化する覚悟で来場するほかないのだ。

筆者は1990年代前半から、10年近く群響の定期会員であったので、 群馬音楽センターの長所短所を知り尽くしているつもりだ。

今更、短所を列挙してクレーマーを気取っても仕方ないのでやめておくが、 残念ながら、いろんな場面で我慢を強いられる、そういう会場なのである。

今回は初めて小学生の子供を連れての来場となったため、 二階ロビーの手すりの高さが低すぎて転落の危険性が大である等、更に改善して欲しい点が増えてしまった。

新芸術文化ホールの建設の是非を含め、高崎市の文化芸術論議の行方を、見守っていきたいと思うが、早期に決着しないと、一番被害を受けるのは、前途有望で感受性豊かな高校生達である。 結論が妙な所にたどり着いてしまったが、強くそう思っている。

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東京農業大学第二高等学校(農二)吹奏楽部 第51回定期演奏会(その1)

 演奏会レポ  東京農業大学第二高等学校(農二)吹奏楽部 第51回定期演奏会(その1) はコメントを受け付けていません
12月 142008
 

既に、風物詩となりつつある標記演奏会。つごう2日間にわたり3公演という大規模な吹奏楽演奏会である。 高校の文化部の中では、観客の動員数では県下一、二を争うほどだろう。今回、私は真ん中の演奏に当たる、12月14日(日)12時開演分を聴いたので、報告する。

~プログラム~ 
(指揮:樋口一朗、ドラムメジャー:渡辺貴裕)

第1部
○アフリカの儀式と歌 宗教式典礼(R.W.スミス作曲)
○喜歌劇「ロシアの皇太子」セレクション(F.レハール作曲)
○スペイン狂詩曲より「祭り」(M..ラヴェル作曲)

第2部
○恋はあせらず
○「追憶」のテーマ
○「サマータイム」
○「A列車で行こう」
○POPPO POPPO ほか

第3部 「IMPRESSIVE MARCHING!! 2008」
○ジョン・ウィリアムズ・メドレー “スターウォーズ”、”E.T.”、”1941″、”ジョーズ”、”ジュラシックパーク”ほか
○ミッション・インパッシブルより
○マーチング・ミュージカル ”West Side Story”より
○マーチング・チャイコフスキー

演奏会は、お馴染み「錨を上げて」でスタート。第1回定演での記念すべき第一曲目として、 以来、定演でのオープニングテーマとして定着している。 本日のステージ構成が、自称「カミカミ王子」こと顧問の三浦先生のMCで説明される。

第1部は、団員達も、皆、神妙な面持ちで演奏に臨んでいる。いでたちは、日本海軍の第二種軍装を想起させるようなまぶしい上着と、黒のスラックス。 クラシカルな純吹奏楽を、ややかしこまった雰囲気の中、重厚長大な響きが音楽センターを震わせる。

ステージ上は146名ものの団員が所狭しと担当楽器で占有しながら、ひしめき合うが、 そこから生み出される音楽は、腹の底からシビレるといった形容を地でいくほどのスケールの大きいものだ。

第1部終了時点で、後列を振り返ると、まさに赤札、満員御礼!立ち見客も最後列であふれんばかりだ。 父兄や友人たちも多いだろうけど、まさか三回とも聴きに来ないよな。 明らかに制服を着て、小中学生の吹奏楽団や鼓笛隊ごとまるまる聴きに来ている集団もある。

キャパ2000弱だったから、客入りは2000越えてるんじゃないだろうか。スゲェ! 第2部は、MCにもあったが、リラックスして聴けるもの揃い…とよくいう選曲らしいが、私だけは、久々のブラスによる大音響を前に結構固まっていたかも(苦笑)。

耳馴染みのある曲が、ジャズアレンジで次々と演奏され、様々な照明やスモークなどの演出で聴衆を飽きさせない進行。 (やはり、音響照明等の演出は、イベント屋さんに委託しているのですかね? 高校生達がやっているのだとしたら、かなりの、のけ反りモンです…)

途中、ゆかりのあるプロのミュージシャン3名を順番にステージ上に招き入れ、 各々のアドリブのきいたスリリングなソロを、それぞれの個性をきらめかせながら、 時には激しくスウィングし、時にはしっとりと聞かせてくれる。

失礼ながら、私はお三方を全く存じ上げなかったのだが、 テクニックがなんかスゴそうであることは素人の私にも感じられた(苦笑)。

締めには、3人同時のセッションに変幻自在の吹奏楽を加えての「Take the A train」。 客側も歓声をもって応えるほどの盛り上がりに。ふと、吹奏楽の演奏会であることを忘れてしまうような熱狂ぶりであった。

これで、第2部お開きと思いきや、 続いて童謡「鳩」(滝廉太郎作曲)を題材にした、「POPPO POPPO」という名の変奏曲。

当然、”POP”という単語とも掛けているのであろうその曲は、世界中のいろんな国の音楽の特徴を抜き出して、メドレー形式で世界一周の旅に聴き手を連れ出してしまおうという、興味深い試みだ。 紹介する国の国旗や民族スタイルなどが、団員たちの手作りの扮装にによりほどこされ、思わず頬がゆるむ。 高校生らしい若さはち切れんばかりの、輝かしいステージであった。

(つづく)

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2008年12月13日(土)通常練習

 練習日誌  2008年12月13日(土)通常練習 はコメントを受け付けていません
12月 132008
 

今年も押し迫ってきた。
年の瀬というものは、文字通り、空気の色さえも暮れてくるように感じることがある。

いろんな俗事に追われてなかなか我が身を振り返ることも少ないが、
合唱を趣味として、少しでも内省的な時間をとれるということは、中々に幸せであるのかも知れない。

P1010043

さて、今頃の掲示となったが、練習場の入り口に張り出してある看板。
B1酒井氏の製作である。
この看板を目にしたら、ぜひ一般の皆さん、見学にお入り下さいませ!

■場所 前橋中央公民館(46スタジオ)

■出席人数15名(T1:2 T2:4 B1:3 B2:6)

■練習内容

 1.体操・呼吸・発声

P1010044

  ○裏声について

    ・手段と目的を勘違いしないよう。目的は声帯の適切な緊張を保つ力を高めることにある。

    ・裏声の歌唱ラインと、実声の歌唱ラインを近づけていくこと。

  ○発声練習

    ・裏声での声出し数本、実声での声だし数本(省略)

 2.パート練習

  【曲目】”チャイコフスキー歌曲集”より「語るな我が友よ」

  今回も、移動ド唱法による譜読みにトライ。
  基本的にe-moll(ホ短調)なので、ベースは「ラ」バリトンは「ド」で譜読み開始。

  ベースについては、湯浅氏の提案もあり、
  下記部分について便宜上、H-Dur(ロ長調)またはGis-moll(嬰ト短調)で読替。

  将来的には、ピアノが弾いてくれるので安心であるね。ま、その頃はとれているであろうが。

   ※12〜14小節の階名のふり方(音符順)
    (12小節)ド#・レ・レ#・シ
    (13小節)ド・ソ・ファ・ミ・レ・ド・シ
    (14小節)ド・ミ・ミ

   ※34〜36小節の階名のふり方(音符順)
    (34小節)ド#・レ・レ#・シ
    (35小節)ド・ソ・ファ・ミ・ド#・ド・シ
    (36小節)ド・ミ・ミ

  今日の音取り。単曲で丸々一時間以上かかった。
  休んだ人は、若干ビハインドか。
  心して音取りをしておいて欲しいものだ。(マジで)

 3.アンサンブル

  【曲目】”チャイコフスキー歌曲集”より「語るな我が友よ」

   ・(B系) 全般的にリズムを明確に。

   ・(T系) 美しさを追求して!
       流麗に歌おうという気があって当たり前。(まだ音取りではあるが今からね)
   
       テナー系諸君の奮起を期待!

  【曲目】”チャイコフスキー歌曲集”より「何故?」

   ・冒頭(B2) 分散和音は音形を考えて歌う。
         指揮者的には、この歌に関してベースへの要求事項が多そうだ。
         お覚悟を! >ベースメン

   ・(全)33〜34小節 33→34小節の、和音の色の変化を意識。(ホント大事) 

  ※音取りって、そりゃ、音やリズムを楽譜通りになぞって覚え込む作業なのだが、
   個人的にはたとえ事前にある程度譜読みをした場合でも、
   団として歌った場合の第一印象というものは、想像以上に重要なものである。

   人と人との出会いがそうであるように、ファースト・インプレッションは、
   曲(作曲家)とのつきあいにおいて、大きな意義を持つものだ。

   そして、我々団員側の印象だけでなく、曲(作曲家)側にも、(←指揮者側と読替えても良いだろう)
   第一印象を持たれてしまうということでもある。
   
   その最初の出会いの場を、なるべく多くの団員と時間を共有した方が、
   今後の練習に大いに作用するものなのである。
   曲(作曲者=指揮者)側の我々に対する第一印象はどんなもんだったろう?

   一見、移動ドによる譜読みに右往左往している感も否めないが、
   既に、団全体として作曲者や音楽を感じ取る作業は始まっている。
   個人で音取りをした場合に比し、遙かに感覚神経を総動員せねばおっつかない。
   まさに知的な作業ではあるのだ。

   だから、音取りの時間は、その曲に対する団の初期値を決定する重要な局面なのである。
     

■連絡事項

 (指揮者より)
  ・次回練習での音取りは「憧れを知る者のみが」
   譜読みは、Es-Dur 予習できる人はしておいて下さい。
   最初の階名(トップ「レ」、セカンド「ラ」、バリトン「ラ」、ベース「ド」)

 (事務局より)
  ・合唱祭写真のご案内(申込は山岸団長まで)
  ・演奏会のご案内

  

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