前橋中央公民館リニューアル一周年 ←高崎を抜いた。音楽都市「高崎」の名が泣くね

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12月 122008
 
■記事引用:前橋の複合型施設「元気21」出足好調、138万人利用
 (上毛新聞2008年12月8日)
 前橋市が開設した複合型施設「前橋プラザ元気21」(同市本町)が八日、オープン一周年を迎える。利用者数は十一月末現在で約百三十八万人で、当初目標とした八十万人の約一・七倍の好調な出足となった。こども図書館やプレイルームを配置した「こども交流プラザ」(二階)が若い子育て世代に受けたほか、中央公民館(三-五階)も利用者が大きく増加。今後、隣接する旧ウォーク館に商業施設がオープンする予定で、市にぎわい観光課は「二年目は今年以上の数字を目指す。中心街の活性化につなげたい」としている。

(中略)

 また、中央公民館の利用団体数は移転前の約三百五十から、約八百へと大幅に増加。十一月末現在で三十万七千人(前年同期比十三万人増)が利用している。ロックバンドやダンスの練習ができるスタジオなどが充実し、若者たちの利用が増えたという。

 ただ、課題の中心街活性化の波及効果は現時点で限定的で、市にぎわい観光課は「来館者が街中を歩くように回遊性を高める仕掛けをつくることが今後の課題」としている。

http://www.raijin.com/news/a/08/news03.htm

———————-
いつも練習場としてお世話になっている「前橋中央公民館」だが、
ご存知のとおり、国道50号沿いの元西武跡地”前橋元気プラザ21”のテナントとして立地している。

落成当初は、改装した建物にありがちな、強い塗装臭(ホルムアルデヒドじゃないよね)があって、
呼吸運動を旨とする合唱団としては、一時は使用を再考するオプションを検討したこともあったが、
今やそれも消え去り、練習のメイン会場として、大いに利用させていただいているところである。

その前橋中央公民館がリニューアルして一年が経過し、大人気である。
中でも、引用記事のとおり、二階のスペースが賑やかである。
筆者も練習会場に向かうには、必ずこの二階からエレベーターに乗るのだが、
小さい子供を持った家庭が家族で楽しめるフロアとなっており、ごった返す日もあるほどだ。
少子化対策にも一役買うのではないか。

また、駐車事情も良好で、たまには混雑することもあるが、概ね待ち時間ゼロで駐車できる。
しかも、料金は利用者は無料。このような好環境にあることから、今後も、同館の人気は上がるだろう。

一方、音楽都市を標榜する高崎市はどうだろう。
(思えば「音楽都市」とは、何も畏れずに思い切ったたとえをしたものだと思う)
ホームページによれば、高崎中央公民館の年間利用者は23万人余り。
前中公は今回30万人越え。昨年同時期比で、+13万人だから、ほとんど倍増である。

どうやら各々は同時期のデータではなく、しかも異なる自治体という条件であるので、
一概に比較できないが、前橋中央公民館が高崎中央公民館をギャクったことは、ほぼ間違いないだろう。

おまけに、高崎中央公民館の駐車場事情は悪名高いものがある。
このビハインドは、自動車王国の群馬県では致命的とさえ言える。

同じ敷地内の駐車場には1時間までしか駐められないという時間制限付き。
狭い上に、隣接する高崎市文化会館や市立図書館などと共用なので余計に始末が悪い。
利用者のトラブルも絶えないと聞く。

市立図書館は城址地区への移転が決まったものの、平成23年(2011年)春のオープン予定。
中央公民館の移転構想もあるようだが、計画自体まだ固まっていないようだ。
よって、当分この不自由な駐車場事情は、このまま放置されるに等しい。

実は、高崎市の代表的な文化施設は、軒並み老朽化が進んでおり、続々更新期を迎えている。
上記の市立図書館と中央公民館は、元々高崎女子高校の旧校舎を、
一部改修して引き継いで活用したもので、基礎構造部分は築50年近くになろうとしている。
噂の群馬音楽センターも、昭和36年(1961年)落成だから、同様である。

ちょっと話がそれるが、高崎市では第5次総合計画の中で、新芸術文化ホール建設を位置づけている。
建築物としての評価も高い既存の群馬音楽センターを今後どうするのか、
高崎市でも、市民からの意見を募集し始めているようだが(こちら)、
当然、他の文化施設の計画ともリンクする部分が出てくるわけで、すぐには答えは見つけられないだろう。
この件については、いずれ別稿で触れたいと考えている。

高崎市は今年、駅東口にヤマダ電機がLABI1をオープンさせたり、ペデストリアンデッキを延伸したりと、
再び開発ラッシュに沸いており、一見、街が活気に溢れているように見える。

しかし、こと肝心な文化芸術面ではどうなのだろう。
箱モノを作れば、事が成就するというわけではないが、明らかに行政における迷走の感が否めない。
地区の公民館も、種々のサークルで過密化高齢化し、若者グループ新規参入は困難である。
ましてや、「前橋」の冠をつけている小団など、即締め出しの対象となる。
(実際に、今年の9月に理由もなく高崎市の某公民館に断られた←条例違反である。後日取り上げる)

また、大阪府では、大阪センチュリー交響楽団への補助金がカットされ、
その他のオケも自治体からの支援は先細りの状況にあるという。
群馬県だって、この金融危機の煽りを受けて、大幅な税収減となるのは間違いなく、
このまま群響も、大阪の件を対岸の火事と気取ってはいられないだろう。

群響という象徴的な存在…。
きっと、これを大前提にして、新芸術文化ホールの議論も進められるはずだ。
高崎にとって、まさにこれからが正念場である。

このままでは、「音楽都市」の名が泣こうというものだ。

 


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「しんとう苑」での失敗 ←失敗を成功の基にせねば失敗の意味がない

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12月 102008
 

先日、12月7日(日)に、群馬県榛東村の「しんとう苑」という老人ホームに、ボランティア演奏に行ってきた。(詳細は小団ホームページ・ニュース欄)そこで、ア・カペラ曲を4曲、ピアノ付きの組曲を1曲歌ったのだった。

失敗は何かというと、演奏の失敗ではない。私の失敗の話である。まぁ、MCも噛みまくりだったので、それも失敗といえば失敗だが、遙かに基本的なことであるが故に、致命的な失敗として今は深く反省している。

それは、「ピアノ」である。

ピアノ付きの組曲を演奏する以上、我々合唱団の他にピアニストとピアノは必須である。そのうちのピアノの所在の確認をはっきりせずに、マネジメント責任者である筆者は、当日のピアニストの予定をわざわざ空けてもらい、プログラムとして、上記の1曲を演奏曲目としてセレクトし、それを根拠に指揮者にも練習計画の立案を依頼していた。

もちろん、同ホームの担当者の方とは事前打ち合わせを電話で数回行い、演奏会の進行プログラムはできていたつもりだった。

当初の打合せの中で、私の方から、ホームの職員の方でピアノ経験者の方がいらっしゃれば、ぜひ、ピアニストの横に座っていただき、譜めくりをお願いしたい旨、申し出たところ、その担当者の方がピアノを嗜んだことがあるとのことで、快諾してくださった。

私はこの時点で早合点したのだ。其処にはピアノ(グランドであれ、アップライトであれ)が必ずあるものと。

実は、従来のボランティア演奏も含め、前橋男声合唱団の全ての演奏機会において、私は必ず演奏会場の下見をしてきていた。しかし、11月15日の「ひがきホテル・ラウンジコンサート」と今回の「しんとう苑」については、多忙と、遠距離であることを理由に、下見を怠ったのだ。

今回、会場の隅にはかろうじて、(失礼ながら→)埃をかぶった電子ピアノがあり、何とか取り繕うことは出来たことは幸いだったが、その電子ピアノは長期間放置されていたらしく、ペダルも破損し、うまく機能しなかった。また、電気的動作も不安定で、通常のピアノに比べ、演奏上の支障となったことは明らかだ。(ホーム側の管理瑕疵を問うているのではない・・・為念)

では、なぜ、先方の担当者は譜めくりを快諾したのか。

それは、其処をボランティアで訪れる演奏家の方々の中には、キーボードを自ら持ち込み、伴奏代わりとする場合も少なくなかったそうで、つまり、ピアノに代わる楽器(キーボードを想定されていたようだが)を、前橋男声合唱団側で当然用意するものと思っていたようなのである。

私の慢心から来る今回の失敗。ピアニストの上原先生だけでなく、指揮者や団員のみんなにも迷惑をかけてしまった。今更ながら、現場本位という四文字を、あらためて重く受け止めているところだ。

 

 


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不毛の原野を拓く…「私は絶対にテナーです」 ←だったら独唱に転向すれば良いのに

 合唱組織論, 日記・コラム・つぶやき, 特集  不毛の原野を拓く…「私は絶対にテナーです」 ←だったら独唱に転向すれば良いのに はコメントを受け付けていません
12月 092008
 

現在、来年の創立20周年のために、勝手に20年史を執筆中である。その20年史からは漏れるが、これはというエピソードを今後、ネタとして紹介できたらと思っている。今回はその第一弾。(というと、今後も続きそうだが、一回で終了するかもしれないです)

平成7年(1995年)頃の話だから、もう13年以上昔の話になるが、その頃、団にはまだ、創立時のメンバーが2〜3人残っていて、練習の進行に力を発揮していたことがあった。

当時の団員数は10名をやっと越える程度。各パート0〜2名などという練習環境は日常茶飯事だったので、そういう積極的なメンバーが音取りのままならないパートに臨時で異動(というよりは「移動」かな)して、全体がようやく合唱として成立するのに一役買っていたなんてことがあったのだ。古き良きコーラス風景とでもいおうか…。

その前年、前橋男声合唱団には大きな転機が訪れていた。創団以来の指揮者がそのポストを辞去し長期間空席となっていたが、中曽根敦子氏が、正式に常任指揮者として後を襲ったのだ。このことは、小団サイト15年史(こちら)に詳しい。翌年の平成8年(1996年)に第1回自前演奏会で成功を収めるべく全権を委任された中曽根女史は、様々な技術的改革に着手する。その一つが、適材適所を求めるパート異動であった。すなわち、音域だけではなく声質や歌唱特性を主とした適材適所の追求である。

失笑を買うだけなのだが、中曽根女史就任前の小団においては、実は、入団時に声質で所属パートを判断することをせず、経験者なら、かつて所属していたを聞き取り、そのパートに直行…。未経験者なら、音域が比較的狭いセカンドかバリトン行きが無難…というのが通例であった。しかも、一旦配属されたら、よほど或るパートが少人数化して著しくバランスを崩さない限り、他パートへの異動はあり得ない話であった。まぁ、メンバーが自分の好きなパートで好き勝手に歌っていたのだ。

一連の改革進行中のとある日、当時セカンド所属の創立時メンバーの一人が、指揮者から呼び止められ、バリトンへの異動を打診されたのだ。あくまでも打診段階である。それに対し彼は、逆ギレ気味にこうのたまい、要請を正面から拒否した。

「私は絶対にテナーです!」と。

彼は、音取りの際は、音の取れないバリトンメンのために、勝手に臨時移動して歌っていたこともあったが、バリトンでの歌唱風景は決して珍しいことではなかった。前指揮者体制下でのパート分けを盲信しているきらいもあり、彼は頑迷にもそれを受け入れず、その日以来、練習に姿を見せなくなった。

通常、指揮者は客観的に合唱団の演奏を聴くことのできる唯一のポジションである。だから、全体の演奏をコントロールするという立場から、各個人の声質というものは本人以上に把握しているものだ。その個人が合唱団に最大限貢献できるパートはどこか、指揮者というものは絶えず探し続けていると言っても決して言い過ぎではない。

創立時のメンバーで、団のオピニオンリーダーの一人でもあった彼を、当初は庇う団員もいて、彼を辞めさせたい指揮者の策謀だと、深読みで受け取った者までいたが、彼には確かにマスケラ的な響きには乏しく、当時人数の少なかったバリトンの事情や、バリトンで歌うことの多かった事実もあり、次第に団全体の調和という観点から問題行動であると団員から認識され、彼は、孤立感を深めていかざるを得なかった。

彼は、そりゃテナーが好きだったのだろう。好きこそものの上手なれと俗にいう。しかし、合唱では、単に好きな気持ちだけでは、全体の調和を壊す場合もあるということだ。そして、合唱団に貢献できる自分のポジションはどこか問い続ける必要が、団員側にもあるのだ。そこまでかたくなにテナーに拘泥するのなら、このような方は、ソリストに転向すれば良いと思う。そこで、心ゆくまで思うままに歌えば幸せだろうに。

だがそれは逆に、合唱音楽の特質すら理解していないという裏返しでもあり、そんな体たらくでは、声質に合わない曲は原則歌わない・歌わせないという独唱の世界でも、更に厳しい状況が待ち受けているだろうことは想像に難くないのだが…。仮に大人数の合唱団であったならば、その中で好きなように歌っていただくという選択肢もないとは言えないが、総団員数が高々十数名の当時の団にはその余裕が全くなかったのだ。

彼の行動は団にとって長期的に決してマイナスに働かなかった。その問題行動は、団員に合唱というもの、そして団体芸術というものを深く考えさせたのだから。そして、それを機に団は小さな第一歩を踏み出すことが出来たのだから。

ほかにも、過去に団を去っていった人達のことを思う。今でも戻ってもらって一緒に歌えたらと切望する。彼らへの愛惜の情は徐々に薄れゆくものだが、合唱団の来し方を振り返るにあたって、彼らが去っていった意味や意義というのも、時間が経つにつれて客観的に考えられるようになるものだなと思った。彼らの足跡は決して無駄ではなく、歴史の必然性を秘めたものであったのかも知れない。

 


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しんとう苑(榛東村)で合唱ボランティア!

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12月 072008
 

12月7日(日)。
この日は、2008年最後の本番機会となるが、
特別養護老人ホーム「しんとう苑」において、小団によるボランティア演奏が行われた。

会場には40余名の入居者、職員皆様と、ご近所にお住まいの方々がおい でになり、
アットホームな雰囲気の中、約45分という時間であったが、
楽しいひとときを過ごすことが出来た。
このような機会を与えてくださった職員の皆様 と、
B2栗田氏に、この場を借りて感謝申し上げる次第である。

今回は19名(T1:3 T2:4 B1:6 B2:6)という陣容での演奏。
直前に仕事や体調不良でキャンセル者が相次ぎ、どうにか体裁だけは取り繕った格好だ。
しかし、そんな時こそ、みんなでフォ ローし合って、助け合って、、、
我々自身の演奏をしようと一丸になれる…そんな前橋男声合唱団のことが好きである。

今回のプログラムを掲げておく。
 ○斎太郎節
 ○上を向いて歩こう
 ○見上げてごらん夜の星を
 ○「ふるさと」斉唱(会場のお客様と一緒に・・・)
 ○男声合唱のための唱歌メドレー「ふるさとの四季」全 曲

(アンコール)君といつまでも 

《指揮:中曽根 敦子 ピアノ:上原良子》

 
毎度の事ながら、会場の皆さんとの「ふるさと」斉唱は、涙を禁じ 得ない。
青二才の私の思う「ふるさと」。そして、真っ直ぐなまなざしで我々をみつめるお客様達…
この人達が心に抱く「ふるさと」とは?

それは、私のそれと は比べるべくもなく重く深いことを肌で感じるとき、
私の感情の高まりは堰を切ってほとばしってしまうほどだ。
涙を出し切ることで、私は素直に戻れる。
浮き世に汚れちまったこの心が洗い流されるかのようだ!

「逆に皆さんに幸せにしてもらった」とは、
私のMCの中で、衝いて出た言葉だったが、これは本音である。

皆さんに男声合唱を楽しんでいただけたら…と、そんな気持ちを抱いて私はこの地を訪れた。
しかし、なんと小さな志であり、何という慢心であったことか。
結局は裸になりきれなかった我々! それよりも以前に、出欠なんぞでドタバタしていた我々!

八百万(やおよろず)の神々に、じっと見つめられ、奏でる音楽を聴かれ、
全てを、そして浅い底を見透かされた上で、深い沈黙を以て諭されたような、
そん な演奏後の長い時間…榛名山の裾野から真っ赤な夕陽が射し込む「しんとう苑」の片隅で、
私はただただ立ち尽くしていたのだった。

 


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 Posted by at 22:23

開設半年を前に

 ウェブログ・ココログ関連, 日記・コラム・つぶやき  開設半年を前に はコメントを受け付けていません
12月 062008
 

前橋男声合唱団の練習日誌としてブログを開始してから、もうすぐ半年を迎える。
記事の中で何度か言ったことではあるが、まさにブログ全盛である。

しかし、以来記事30数本だから、
当ブログでは、せいぜい週イチで記事一本・・・というペースがやっとのところである。
のっけから泣き言になってしまうが、記事を執筆する絶対的な時間がないのが実情だ。

ところが、アクセス解析を拝見すると、連日、多くの方においでいただいている。
実にありがたいことである。

おそらくはその大多数の人々が、ブログの更新を期待して下さっているようである。
特定のリピーターの方々が、毎日チェックして下さっているのが、その証しだろう。

それに応えられていない状況に、申し訳ない気持ちになることもあるが、
逆にこれを大いなる励みとして、別途下原稿を積み重ね推敲しつつあることをご報告しておく。

言うまでもなく、当ブログは決して私的なブログではなく、前橋男声合唱団のブログである。
ブログという性格上、ついつい、自己中心的なエッセイに流れがちであるが、
筆者としては、それを出来る限り戒めたいと考えているところである。

(既に、そういう主観的な記事を何本か書いてしまっているが・・・汗)

極力、客観的事実や統計資料等を論拠とし、
それを伴わないものは、仮説であることを注釈を振って注意を喚起することとしたい。

普段、マネージャーという職務に任ずる立場から、「練習日誌」という根幹的なコンテンツを中心に、
合唱を取り巻く様々な話題を取り上げてゆくことは、既に記した。

先日は、新たに「演奏会レポ」というカテゴリを新設し、
早稲田大学グリークラブの100周年記念演奏会の模様をお送りした。

合唱を趣味とするにあたり、「聴く」ということは、「歌う」ことと同様に重要であり、
聴いたことは音楽体験として醸成され、いずれ「歌う」際に役立つものだ。
今後も、私の行った実際の音楽演奏会の中から、適宜ピックアップして、論評して参りたい。

正直なところ、団の看板を背負っているだけに、プレッシャーを感じないわけではない。
しかし、それ以上に、当ブログを気にしていただいている方が大勢いらっしゃるという事実が、
大いに私を後押ししてくれているのだ。

ブログで物を言うということは、既に言論活動であると考えている。(筆者がプロの言論人ではないが)
だから、もちろん反対意見や批判等は想定内の話である。
今後とも、本ブログ及び前橋男声合唱団ホームページに関し、
忌憚のないご批評をいただければ幸いである。

 


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 Posted by at 23:55
@Mae_Dan