これも平成8年(1996年)の話なので、もう12年以上前になるか。
中曽根指揮者就任以来、幾つかの改革を進めてきたが、そのうちの大きな一つが、新聞広告掲載による団員募集であった。(平成7年=1995年に実施)その結果、4人の新団員を獲得したのだが、今回紹介するのはそのうちのお一人だ。そのお方(仮に”X”と名付けよう)は、トップテノールに属していた。音楽的素養もあり、金管楽器を器用にこなし、別途海外での音楽活動経験も有するという、当時の団にとっては全く稀有で重要な存在であった。
記念すべき第1回演奏会まで二ヶ月を切った平成8年(1996年)4月の、とある練習日のことだった。この日に限って、トップが一人も出席していない。しかも例によって無連絡だ。他のパートは全員とはいかないが、概ね揃っているという状況。
団長も不在のその日、演奏会直前ということもあり、このままでは練習にならないため、マネージャーという立場上、これを放置するわけにもゆかず、やむにやまれぬ気持ちで、私は、当時の練習場の電話を借り、一番近傍に住むXの自宅に電話を入れた。(当時は携帯はほとんど普及していなかった)すると、Xの奥様が電話に出、団名と名を名乗り、Xに代わって欲しい旨伝え、事情を訴えるも、奥様は、なぜか声の表情が訝しげな調子が変わらない。私もまだ若かったのだ、その時点で状況を察知できなかった。
そう、その日、Xは練習に出かけると言って既に家を出ており、実際には練習場に向かわずに、どこか別の場所に出かけていたらしいのだ。(行き先がどこであるかは、ここでは問題でないので、想像にお任せする)Xが帰宅後、奥様と大もめになったのは想像に難くない。
翌週の練習日、彼は練習場に現れるや、強張った形相で、真っ直ぐに私のもとへやってきた。状況を半ば察していた私は機先を制するつもりで、こう言った。
「先週は突然連絡してすみませんでし・・・」
だが、Xはこれを上回る勢いで、
こうセリフをかぶせてきたのだ。
「あんた、そんな態度じゃ音楽にならないよ!」と。
そして、踵を返すや、このまま練習場を後にして、二度と戻ることはなかったのだった。
筆者はXの過剰反応ぶりにただただ悄然とするしかなかった。彼は音楽的にも優れており、彼なしでの第1回演奏会は考えられなかった。やりとりを見守っていた他の団員達に事情を話すと、私に非は無いと慰めてはくれたが、成り行きではあったが、その日、浅い考えで彼の自宅に電話を掛けたことを悔いた。中でも、彼の最後の(捨て)台詞は、運営を預かる立場としての適性を自問させるに充分であった。
しかし、この日の練習が終わり、ふと練習場の片隅にあるゴミ箱を見やると、無造作に何かの書類が投げ捨ててあるのだ。不審に思い手に取ってみると、何と楽譜である。しかも、Xのだ。その時は気がつかなかったが、去り際に投げ捨てて行ったのだろうか。この瞬間、私は彼の事実上の退団に納得できたのだった。どんなに音楽的素養に優れた人でも、楽譜を捨ててしまえるという感覚というものは、私には理解が出来ない。どんなに怒り心頭であってもだ。
音楽が愛おしくないのか。ましてや、楽譜には罪はない! (笑)楽譜を捨てて去ったくせに偉そうなことを言うな。
その程度の人間なら、退団上等である。だから、練習も平気で休めるのだ。きっと、アマチュアの合唱練習を見下していたのだろう。そんな人間が、日常、堂々と楽器を演奏し、人様に音楽と称して聴かせている事自体驚きだ。今振り返るに、きっかけは私の若気の至りであったが、折り合える余地は充分にあったものの、彼の直情的な行動がそれをさせ得なかった。それとも、彼の怒りは、私の想像を遙かに越えた域に達していたのであろうか。この謎は、一生解明されることはないだろうけど、Xが捨てて行った楽譜は、大事に今もとってある。(彼は戻って来ないが)
携帯が普及した今は、こういう行き違いはなかなか生じにくくはなった。
合唱団員貴兄に告ぐ。どうしても自由時間が欲しくば、正規の練習日以外の時間帯に設定すべし。臨時練習でも臨時パー練でも何でも入ったと言い訳するが良い。筆者の所にご家族から確認電話が来ても、今は機転を持ち合わせているので、ご心配なく。きっと上手く説明もできよう。(笑)
・・・この時期、不毛な大地の開拓は、緒についたばかりであり、魑魅魍魎(ちみもうりょう)との戦いはまだまだ続くのだった。(笑)
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コメント
Tetsu様。
紆余曲折、いろいろなことがあって、いろいろな人がいたんですね。そんな平坦でない道を辿って今の「前橋男声合唱団」がある。
私自身は音楽に唾を掛けるような真似はする筈もないとは思っていますが、Xさんとは違えど、休団中はご迷惑をお掛けしました。反省。
こんばんは。
私も現在、合唱団を休団?退団?中ではありますが、合唱団楽譜は今のところはファイルに閉じ自宅の部屋の楽譜棚に保存している状態です。
私は、音楽(楽器)も演奏しますので楽譜は大切なものですが、私は楽譜以外に音楽書籍 CDなども楽譜棚に保存してあり膨大な数になり整理が大変で場合によってはなくなく楽譜等処分することもあります。
今、私が一番大切にしている音楽関係のものは、1995年 ショパン国際ピアノコンクール5位入賞の日本人若手ピアニストの宮谷理香さんのサイン入り楽譜(ショパン バラードの楽譜にサインしていただきました)と、ピアニストで故、園田高弘さんのサインです(園田さんは宮谷さんの先生でした)
やはり、私にとって楽譜や音楽関係のものは自分自身と同じ位大切なもので成長のしるしなので大切に保存しておきたいですね。
ヴァイオリンとピアノが好きな私様、コメントをありがとうございます。
私も過去のレパートリーとしての楽譜は、演奏日等を記入したりして、保存してあります。
なかには、保存状態が悪化してしまったものもあるのですけどね。
私の場合、ヴァイオリンとピアノが好きな私様のように、お気に入りのものはありませんが、
ふと手に取ると、その時の空気が甦ってきたりして・・・。
やはり、楽譜は自分の身体の一部のような気さえしていますよ。
(少し大げさですかね・・・苦笑)