音楽論

合唱組織論

[第四部]それでも、人はなぜ既存の合唱団を離れるのか

ここまで三回にわたって、「合唱を消費する」というところから始まり、企画合唱団という新しい活動様式、そして地域の合唱文化について考えてきました。その間、ありがたいことに、さまざまなご意見をいただきました。なかでも第三部を公開したあと、こんな問...
合唱組織論

[第三部]地域の合唱団は、誰のものなのか

残暑お見舞い申し上げます。お盆休みの長期休暇中の方も多かろう時分ですね。そんな中、群馬の片田舎の男声合唱団のブログを御覧いただきありがとうございます。さて、本シリーズですが、第一部では、合唱を「消費する」という、少々刺激的な言葉を使って、団...
合唱組織論

[第二部]「常設合唱団」という言葉が生まれた時代

前回の第一部「合唱は、いつから『消費』されるものになったのか」には、ありがたいことに、私の予想をはるかに超える反響をいただきました。「企画合唱団という活動形態が増えたことが背景ではないか」「自分も、合唱をどこか“消費”しているのかもしれない...
合唱組織論

[第一部]合唱は、いつから「消費」されるものになったのか

合唱を続けていると、「時代が変わった」と感じる瞬間があります。それは演奏様式や選曲の話ではありません。もっと根本的な、人と合唱との関わり方の変化です。私は長年、地域の合唱界を見てきました。その中で、少しずつ強くなってきたなぁと感じるのが、「...
合唱組織論

譜持ちか暗譜か──その議論が噛み合わない理由

本番が近づくと、毎回気になることがある。それは、リアルタイムで歌声を共にしている団員達の視線である。もちろん、本番が近いとはいえ、楽譜を見ること自体は悪いことではない。これまでの指揮者の指摘事項をびっしり書き込んであるし、自らの気になる点も...
合唱組織論

【回想】定演前夜に起きた、ある出来事

少し前のことになるが、ある演奏会本番の前日に経験した一件が、今でも時折思い出される。その日はゲネプロ、いわば本番の最終確認の日であった。ホール常設の世界トップクラスのピアノには事前に調律が入ることになっており、小団メンバーの発声練習中にその...
合唱ライフ

男声合唱を“細胞組織”として考えてみる

――核と質、そして人生について男声合唱を長く続けていると、「良い声」とは何か分からなくなる瞬間がある。若い頃は単純だった。よく響く声。遠くまで飛ぶ声。音圧のある声。いわゆる“声の出る人”が、優れた歌い手なのだと思っていた。しかし、合唱を重ね...
合唱組織論

続・合唱における「個」の力

13年前の2013年6月に、合唱における「個」の力 と題して短い論考をアップしたことがあります。今回は、これを踏まえつつも、その限界を補正し、現時点での合唱観に即して書き直してみました。GW中、お時間があれば、またまた硬派な話ですが、お付き...
男声合唱論

男声合唱に深みを取り戻す ──Bassの響きをめぐって

導入:違和感の正体──整っているのに感動が足りない理由近年の男声合唱を聴いていて、しばしばある種の違和感を覚える。音程は安定し、ハーモニーは澄み渡り、各声部のブレンドも洗練されている。頭声を基礎とした発声は、確実に進化を遂げた。それにもかか...
ニュース

不本意ながら第69回群馬県合唱祭は欠場…

残暑お見舞い申し上げます。今年の夏は伊勢崎で国内最高気温が記録され、群馬にとっても忘れがたい夏となりました。そのような折に、更新が不定期な本ブログをご覧くださる皆様には、改めて御礼申し上げます。さて、本題です。今年10月12日(日)に開催さ...
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