映画「ベルリン・フィル 最高のハーモニーを求めて」(その2)

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2月 272009
 

ここで予告したとおり、表題の映画を過日鑑賞してきた。

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(以下BPh)は1882年に創設された世界一流のオーケストラである。

草創期は、専任指揮者を置かなかったが、 ビューロー→ニキシュ→フルトヴェングラー(→チェリビダッケ)→カラヤン→アバド→ラトル・・・ という錚々たる歴代首席指揮者が率い、紡ぎ出される美しい音は、世界中の音楽ファンを熱狂させてきた。

映画のちらしに記載されていたコピーは、 「最強のオーケストラであり続けること・・・この中に演奏家たちの喜びと苦悩のすべてがある。」というものだった。

当初私は、このコピーを真正面から受け止めたからか、 世界最高峰のオケに在籍する演奏家達の想像を絶するほどの苦悩の日々が、 本映画ではドキュメンタリータッチに描かれているものと勝手に期待していたものだった。

しかし、鑑賞後に私の抱いた感慨は、全く違っていた。 それは、 「世界一のオケの楽団員である彼らの苦悩というけれども、 我々前橋男声合唱団員が普段抱いているものと、さほど変わらないじゃないか」 という、意外なものであったのだ。

映画は、2005年11月に行われたアジアツアーに撮影スタッフが同行して、楽団員を追う形で制作された。 その訪問地は北京、ソウル、上海、香港、台北そして東京の計6都市。

しかも、このツアーでの演奏曲目であるR・シュトラウス作曲「英雄の生涯」が、全6部であることになぞらえ、 この曲目に沿って6都市を巡る英雄達(ここでは楽団員達)のその”生涯”(ここでは素顔)に迫るという、 偶然ともいえる符合を背景にして、映画に奥行きを作り出しているところは見応えを感じさせた。

他の演奏曲目には、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」 新進のトーマス・アデス作曲「アサイラ」。

いきなり、入団希望者のテストで始まるオープニング。BPhでは、新団員は、入団から正式入団まで一定の試用期間を経なければらない仕組みだ。 その間、あらゆる角度から音楽性や人間性を試されるという、まさに針のムシロ状態を過ごした後、 団員全員の採決という洗礼を受け、やっと晴れて正団員となれるというシステム・・・、 こういうオケとしての自治というものが完全に確立されている点は特筆すべき所だろう。 (その中で、コンサートマスターになるには、更なるオーディションと団員の合意が必要)

そして、BPhは新団員とともに、すぐにアジア・ツアーに飛び立ってゆく。 続く、ラトルによる緊張感溢れるリハーサルシーン。

プロのオケが同一楽曲を演奏するツアーにおいて、リハーサルが全都市の全会場で行われるというのは異例のことだろうし、 映画としても、このシーンを中心的映像として捉えている。

ベルリンフィルの並々ならぬ音楽的情熱の一端がうかがえる貴重なシーンではある。特に、リハーサルで奏でられる重厚な第一声には、映画でありながら、鳥肌モンであった。

中でも、お家芸のベートーヴェンや、R・シュトラウスではなく、 現代曲でしかも難解とも言える「アサイラ」には、楽団員が手こずり悩む様子が伝わってきて、 そんな状況下、打楽器経験の豊富なラトルが、手際よく全体を構成してゆくプロセスの描写は、 この映画に音楽的な深みを色濃く植え付けることに成功していると思う。

さて、長期にわたるツアーで楽団員の体力や精神が消耗してゆく中、モチベーションを維持せねばならぬ彼ら。 カメラは、様々な英雄達の人間臭い面を克明に記録してゆく。

こんなワールドツアーには、前橋男声が出かけることなどあり得ないことだが、 音楽に対する姿勢としては大差ないというのは、「最高のハーモニーを求めて」という、(陳腐だが)至極普遍的なテーマとしてのタイトルと通底するというだけでなく、映画内に出てくる楽団員による示唆に富んだ語録に端的に表現されている。

その中から抜粋して、以下に掲げてみる。いかがなものだろうか?

「苦しい時期を乗り越えることが大事だ。その体験が自分を強くしてくれる」
「夫は”なぜそんな努力を?どうせ君の音など聞こえないのに”。傷つくわ。プライドの高い他の人なら。」
「もし”満足”という名の島に住んだら、もう成長は望めない」
「練習すればするほど自分をけなしたくなる。職人が羨ましい。
 何か物を作って出来たものを眺めれば、作品の完成度を見極められるから。」
「前代未聞のことをして、”あいつはイカれている”と思われるのが楽しいんだ」
「”神よ 今死なせて” ”僕は人生最高の瞬間にいます” 
 ”宇宙と一体化してます” そんな瞬間を何度か味わい、その一員となる光栄に恵まれたなら、人生十分だ」
「出会ったのは愛じゃない。人と結ばれることへの渇望だ。」
「うまくいった時の快感、それだけで報われる。
 厳しい道だけど背中を押す声がするの。”あの快感を忘れたのか”と。」
「いつも神経が張りつめている。楽団と家族との二重生活で。
 人から見れば”芸術家”。でも私は自分をそんな立派な存在とはとても思えない。」
「私自身が伝統だ。カラヤン時代からいるからね。まだ耳に残っているあの音を追究し続けているんだ」

圧巻なのは、アジアの観客の熱狂である。 これは、台北での出来事なのだが、演奏後の観客の様子は、アイドル歌手コンサートと見まがうほどだ。 これには、普段賞賛されることに慣れているBPhの”英雄達”も、 さすがにこれには冷静さを失い、アジアの熱狂の虜と化している。

無論、国民性もあろうが、日本におけるクラシックコンサートではまず起こりえないシーンですな。最終の訪問都市・東京では、日本人にとってはややうんざりするような、 ドイツ人側から見た、一方的でステレオタイプな日本が描かれるが、(さすがに芸者は出てこなかったが) 実は、BPhにとっては、東京は50年以上も前からの『知った土地』なのである。

最後に訪れた東京は、アジアの中で唯一彼らが心を許すことの出来る都市であったのだろうか。それはさておき、日本ツアーの会場となったサントリーホール。 あそこには、カラヤン広場と呼ばれるオープンスペースを有するが、 その一角にあるヘルベルト・フォン・カラヤンを顕彰するプレートが映画の一カットとして登場する。

これを、かつての帝王の墓碑銘としてとらえるなら、 この一連のツアーの終焉の地に東京を選んだことも、合点が行く。 そして、その遺産は、現在のBPhの中に息づいている。

創立以来130年になろうとする、このオーケストラの自律的な新陳代謝システム。 こうして、試用期間を終えた新団員達の合否結果をラストシーンとして、この映画は幕を閉じられるのだ。

社会の中の一定のコミュニティで生活に合唱に奮闘する我々。 対してBPhの英雄達がいかに誕生し、いかに戦い、いか隠遁してゆくか・・・。 そして、音楽の前で誰にでも等しく生じる、人間とは何かという永遠の課題。

敢えて誤解と嘲笑を恐れずに記せば、この点においては、技術の優劣など意味をなさず、 小団常任指揮者の中曽根の薫陶を普段受くるところの前橋男声合唱団団員としても、 全く彼らに引けを取らないものと信じて疑わぬ。

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2009年2月21日(土)通常練習

 練習日誌  2009年2月21日(土)通常練習 はコメントを受け付けていません
2月 222009
 

■場所 前橋中央公民館(46スタジオ)

■出席人数19名(T1:4 T2:3 B1:5 B2:7)Bass Excellent!! 出席率76%

■練習内容
 1.体操・呼吸・発声

  ○体操
  ○発声
   ・ハミングのメガホン作り
    軟口蓋を上げ、口腔内を広めに確保する。容易に上がらない人は、指を入れてでも強制的に拡げる。
    ↑これは絶対に必須。
    この期に及んで、できてるかわからない人は、後刻、手鏡等で確認されたい。

    ただですねぇ、「んなもん、できるんにあったりめぇじゃん!」とおっしゃる経験者皆様もですね、
    たまには、喉の奥覗いてみた方が良いですよ。
    年を経るにつれて、お肌と軟口蓋は下がってくるもんですから、はい。(マジ)  

     軟口蓋をを上げたり拡げたりして口腔を広く確保する訓練・・・
         簡単な訓練ですので、日常生活の一コマに食い込ませることさえ可能です。
          ぜひ、毎日毎日少しづつやってみてください。(オススメです)

   ・実際にMハミングで声を響かす。

    頭部の中心軸を前方に張り出させる要領で。
    息は項を回して、唇を若干突き出す格好。→眉間から頭頂部を鳴らす要領で。
    鳴っている人は、更に響き面積(体積)を増やすよう努めよう。
    
   ・A→O→U の系列で発声(発音)訓練

    O,Uで響きが前に出てこないのは、Aの時点で既に狭いケースがほとんど。
    そのAの時点で、下顎を自然な位置まで下げ、なおかつ上顎をも上げることが肝心。

     1)「下顎:自然な位置まで下げる & 上顎:上げる」・・・・・良
     2)「下顎:余り下がっていない  & 上顎:上がっていない」・・・不可

      ↑今の前橋男声団員貴兄の大半が2)に相当するかと。

    すなわち、もうちょい上下に開けるべきなんだよなー。
    (極端にではなく、ちょっとでいいんです)

    まぁ、少し理屈っぽくなるけど、口の中を狭くするとね、自分にとって聞こえやすいんですね。
    いわゆる内向きの声ってヤツです。(”近鳴り”ともいう)
    そういう、自分にしか聞こえない声に籠もってしまっているのは残念なこと!

    でも、ここで敢えて開ける冒険をおかさないと、何も始まらないんですな。

    最初は響きが逃げる(←外向きになるから)ように思えて、
    なかなか納得いかなくて、声を出す事すら怖いと感じる場合もあるほどだけど、
    自分にとって少し頼りない声くらいの方が、他人から聞く場合は良く感じるケースはままあるんです。

    発声法とかより、実はそういう声が良いという感覚自体がマズイのではないか?
    そして、今まで自己都合的なそういう感覚に流されてこなかったか?
    皆さんは、そう自問自答したことはありますか?

    ともかく、これはケースバイケースで割り切れないため、また指名ヴォイトレなどでやります!

   ・ド→ソ→ミ→ドの音形。mp〜mf程度の音量で、マィ・マーィマィマィと発声。
    
    最高音、息を吸い込むように。

   ・高音部、低音部では、息を大量に流して、身体に響かすことを更に留意。
    
    例えば、Bass系なら、空気を送り込んで鳴る「ふいご」のように。

    決して喉を固くした音で、自己満足に浸ったりしないよう。
    (その低音や高音を発する事ができても、響かせられないのであれば無意味に近い)
    
    ↑こういう音を出す人は、大抵近鳴り。
    まず、そういう音を可として判断してしまう感覚自体を疑うべき。

   ・他、声出し数本

  ○カデンツ

 2.アンサンブル

   本日出席19人。セカンドが6人中3人と、ちょっと苦しいが、他パートは、まずまずの出席率。

   当然、良い響きが鳴るところが、毎週毎週増えてくるのが楽しみでもある。
   
   トップが二週続けて4人。
   やっぱ、4人は、なんだかんだでパート内の声が混じり始める人数だよなぁ。
   あんなに溶けないと思ってたトップの個人声が、(まだまだ明確に分離してるのだが)
   時折、その輪郭がぼやけて溶けて聞こえる部分を発見!

   そんな中、久々にトップが指揮者に誉められる場面があったり。
   (それはね、聴き合って歌う事ができた箇所があったから!)

   ベースも全員出席(さすが!)だが、地に根を広く張ったような、安定感には乏しいが、
   音の幅が随分シャープ化してきた。もっと聴ければ、他パートの短所も覆い隠せるかも。

   バリトンは、核になる人間の声が突出するケースが若干少なくなった。
   平均化された練度の中、頻出するメロディへの歌唱に神経の重心を移せる環境が整いつつあるようだ。

   セカンドは、負担が特定の人間に偏ってしまう状況であり、
   ギリギリのところで何とかバランスを保っている。単に、出席率アップを願う。

   《指揮者からの総論的な指示事項》

   ・o,u系の発音は、絶対に深くしなければならない。
    (「深い方が良い」ではないことに注意)

   ・全小曲で共通だが、ラストのハミング・長母音等で、音を出し終わっても、
    勝手に口を閉じてしまわないこと(←絶対に閉じるな)

   ・ロシア語の"с"は英語の"s"とほぼ同じ。shにならぬよう。

  【曲目】「チャイコフスキー歌曲集」より

  ”ドン・ファンのセレナーデ”

   ・セカンド、音取りが不十分です。

    (昨秋以来、指揮者の矛先がセカンドに向けられること自体少なくなったが、
    端から見てても、そろそろ、また季節は巡ってくる予感がしますぜ、セカンド皆様。
    まぁ、先回今回と出席人数少ないしねぇ・・・)

   ・Bass系メロ、6度間隔、3度間隔を強く意識して。

   ・(T系)44〜46小節 44小節の第一音が低い。口腔を開けて響きを集め気味に。

   ・Tmの練習。ピチカートのように? 聴き合って走らぬよう。
    他パートとオクターブになる箇所を利用して、ピッチを修正してハーモニーを保持。

  ”憧れを知る者のみが”

   ・(全)27小節 縦を揃えて。

  ”語るな我が友よ”

   ・(全) 臨時記号を歌い分ける。事実上の転調箇所が含まれる。
      シャープが連続してついている箇所、ナチュラルで打ち消されている箇所・・・
      この二つを明確に歌い分けよう。

  ”何故?”

   ・(T1)11小節〜 オブリガードは、下3パートのメロディ進行を邪魔しないよう、綺麗に乗っかること。

   ・(T系)21小節 B系が音を変えて和音が変化するので、よく聴く。
          そして、念を押すように、音価分きちんと伸ばす。

          和音が変わるということは、自分の音が変わるということ以上に神経を割くべき。

■連絡事項

 (事務局より)
  ・次回練習は2月28日。(練習場所は生涯学習センター ←注意)
  
・団員専用ページに、チャイコ音源を掲示済み。他音源、資料等も近日掲示予定。

 (指揮者より)
  ・今後、夏場を目標にピアノ曲を仕上げてゆく。
  ・当面、ミュージカルとチャイコの二頭立て。
  ・そんな訳で、次回は久々「ミュージカル」!(パート練習有り)お楽しみに!

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2009年2月14日(土)通常練習

 練習日誌  2009年2月14日(土)通常練習 はコメントを受け付けていません
2月 152009
 

前日の13日に関東地方に春一番が吹き荒れ、
その余韻か、この日も群馬県では大荒れの空模様となり、交通機関に影響が出た。

このあおりで、埼玉から通う団員二人が高崎駅で二時間以上も足止めを食ったものの、
下車して決して飲みになど行かず、無事20時半過ぎに練習場に到達したことは、
誘惑を見事に断ち切ることのできた勇者として、永遠に語り継がれることだろう。

そんなわけで、今回特筆に値すると考えたので、こうして冒頭に記した次第。
(T1・K様、B2・T様。奴らきっと飲みに行ったぜ・・・などと噂してしまってごめん!)

■場所 前橋中央公民館(46スタジオ) ■出席人数17名(T1:4 T2:3 B1:5 B2:5) 出席率68%

■練習内容
1.体操・呼吸・発声
○体操
○呼吸
・姿勢の確認 胸郭を広く構えることは基本。経済的な呼吸のための第一歩。
 だから、ポケットに手を突っ込んでの発声はあまり感心しない。
・深呼吸 ・2吸8呼→瞬吸8呼 どこで支えるか。支えを意識。6拍目まではなるべくお腹がしぼまないよう。
 その時に、喉や顎や舌根に力が加わっていないか強い意識を。 呼気時、息は項(うなじ)を狙うように。
 (「喉を開ける」、「軟口蓋を拡げる」とほぼ同義)

・スタッカート 二人組を作って、みぞおちを辺りを拳で押さえて、鋭く押し返すようにお腹を使う。
○発声練習
・Nハミング N→Naへ開口。鼻腔で響きをつかんで、逃がさず開口。
・H音を子音にして母音の発音練習。 喉から歌い始めないために、ハ行を活用。息を回して発声してみよう。
・声区について
・ファルセットを支える訓練
・ほか、声出し数本。
○カデンツ


2.アンサンブル
なんだかんだと、四回目のロシア語講座。(いやいや、合唱の練習ですな) まさに、集中練習といった趣!
キリル文字も、だんだん見慣れてきやした!(と書きながらアクビがっ・・・)
歌詩をひととおり(無理矢理?)付け終わって、あらためてCDにて全曲を鑑賞。

自分の中で明確にならなかったロシア語が、生きた音楽を聴き直すことで、
あたかも、幾つかの点が線としてつなげられてゆくようだ。
もちろん、それは幾多の点のうち、まだ数えるほどの少なさである。
その線を集めて面に変え、更に立体として、時間空間に縫いつけ織り上げてゆく作業。
・・・などと、ミクロな一連の作業として例えると、その膨大さには目が眩む思いだ。

こうして漕ぎ出してしまった、ロマン派歌曲集という名の大海。
旅の序である今は、海の物珍しい光景が新鮮な刺激として目を奪いがちであるが、
やがて、ただただどこまでも青い海が広がり、退屈で単純な風景に成り下がるだろう。

しかし、団員全員でチャイコフスキーの紡ぎ出した調べを感じ続け、
その導く方向を見失わなければ、必ずや我々だけの新世界に到達することが可能だろう。
(ワンピースの見過ぎですかね?)

【曲目】「チャイコフスキー歌曲集」より
※今回から「本格的な曲想付けのさわり(指揮者談)」が始まった。
歌詩自体片言どころか、アルファベットの並びで悩んでしまう段階だが、
今後の練習の中で、消化してゆくほかない。

今は、カタカナが頼りだ。 全く、出版された楽譜の表記はあてにならないので、
いかに、自分流でアレンジしながら、正確に記し切るかが当分のカギだ。
今回ばかりは、楽譜に普段何も書き込まない主義の団員も、メモせずにはいられないだろう。

《総論的な観点からの、指揮者指示事項》
1) 単語の語尾は、拍内で完結させる。(ただし、あくまでも暫定措置)
2) 全母音は、口腔内を広く保ち発声を。特に、u音は注意。
3) ユニゾン部では、ポジションを落とさない。(特にT系)
4) M-ハミングは、Oo(またはUh-)として発声。
5) 曲の構造を知るべし。

”何故?”
・(B2)3小節 アルペジオの分散和音。もっと最高音を意識しての歌唱を。
       普通に出せば、音がでかくなるだけ。さぁ、どうするか!?
・(全) ラストのハミング(→Ooに変更)は口腔を広く確保。
・(全)14〜17小節 明確な意図を持ったCresc.(<記号として故意に記入することを推奨)

”語るな我が友よ”
・(全)冒頭 A音は口腔内を広く。響かせて。
・(T2,B1)12→13小節 内声の動きがキー。動きを合わせて。
           これを外声も聴いて四部合唱になだれ込む。(34→35小節も同様)
・(全)18小節以降 かなりの確度でしゃべれるようになってきたが、 ここから24小節にかけて、
        「歌として押してゆきたい箇所(指揮者談)」
・(全)24小節 ポジションを落とさずに。(特にT系) сталоの語尾は、開口のまま。
       (パクッと口を閉じない!)お腹で切り上げる。

”憧れを知る者のみが”
・(T2,B1)冒頭 当然だが内声が命。кто は、зналにもっと近づける。リエゾンを活用。
・(B1,B2)19小節 音のぶつかりを念頭に。G7の和音を鳴らす。デリケートな和音を楽しむ意識で。
・(全)25小節 全パートで揃うタイミングを見計らう。
・(全)27小節 同上
・(B2)29小節 decresc.の表記を削除するつもりで。逆にкоに向けてcresc.を。
・(全) жажду は深く。
※この「жажду」ですがね。 指揮者がもっと深く!深く!と先々週から繰り返し指摘しているんでございます。
まー、当然、我々の発声面での未熟さはあるのですが、
それだけではないってことは、賢明な団員・読者各位には既にお察しのこととは思います。

曲調としても、明らかにこの単語の部分に重心が置かれている事が感じられます。
即ち、この言葉がキーワードの一つであろうことは想像できるわけです。
指揮者の中に深いアナリーゼ(=曲の解釈)が未完成であるとはとても思えませんが、
たまには、指揮者に指摘されてしまう前にですね、団員がこのような事を感じているなら、
それを歌い手として自らの意思として、先に歌って表現してしまうことができたらなぁと、
クーデターみたいな事を常々思っている次第でして・・・。(笑)

(ちなみに最新情報では、昨日あたり、指揮者は新しい露和辞典を購入した模様。
今がチャンスかも!) ま、いずれやってやるぞっと!

”ドン・ファンのセレナーデ”
・Tmは「ツン」に統一したが、(先週) 音を失わないように。 弦をつまびくような感覚を失わないようにして欲しい。
(絶対に、口先だけにならずに、必ず、深い母音を伴うこと・・・先回指摘済み)
時間が無くて、この終曲は駆け足での練習となってしまった。


■連絡事項
(事務局より)
・次回練習は2月21日。(練習場所は同じ)
 (指揮者より)
・音と歌詩を更に各自確認のこと
・次回も、チャイコフスキー歌曲集歌い込み・・・まだまだやります!

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映画「ベルリン・フィル 最高のハーモニーを求めて」

 映画・テレビ・ラジオ  映画「ベルリン・フィル 最高のハーモニーを求めて」 はコメントを受け付けていません
2月 112009
 

先日、ベルリンフィル(BPh)の第一コンサートマスターの安永氏が退団するというニュースをお送りしましたが、
2月14日より、高崎市のシネマテークたかさきで、BPhの創立125周年記念映画「ベルリン・フィル 最高のハーモニーを求めて」が上映されます。

世界最高のオーケストラの楽団員達を取り巻く、音楽をめぐる喜びや苦悩・・・、BPhの内面や、その素顔に迫るドキュメンタリー映画のようです。

映画の公式サイトはこちら

特に映画の営業をしているつもりはないですが、この「シネマテークたかさき」。結構、いい映画を扱うなぁと感じています。合唱や音楽関連の映画も、何度か上映されてきました。

「歓びを歌にのせて」
「合唱ができるまで」
「敬愛なるベートーヴェン」
「ラフマニノフ ある愛の調べ」  などなど。

みんな、音楽を違う角度から楽しむきっかけになりうる意義深い映画です。

とりあえず、今度のBPh 125th Anniversory、、、鑑賞に行って来ようと思っています。

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実働団員が史上最多の25人に!

 ニュース, 合唱組織論  実働団員が史上最多の25人に! はコメントを受け付けていません
2月 102009
 

この2月7日(土)の通常練習から、 2007年(平成19年)4月以来一身上の都合で休団していたトップの吉川豊司氏が活動に復帰し、実働団員が25人に達した。

実働団員数が25人に達するのはもちろん史上初で、トップの実働5人というのも同様。各パート別構成は(T1:5 T2:6 B1:7 B2:7)ということとなり、ベース系が若干人数が卓越するという状況は、個人的には理想に近い。

その上、全パートに亘る技術的な格差が縮めば、音の強弱 や表現力など、レンジの幅をこれ以上に拡げることが可能となろう。

しかし、喜んでばかりはいられないのが小団の実情だ。

従来通りの出席率(70%前後)で は、人数が増えることによる希釈要素が足を大きく引っ張る可能性も捨てきれない。

最大人数による最大時間の共有を、強いモチベーションとして維持するために、団として兜の緒を締めるべく手を尽くして取り組みたい。

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「不毛の原野を拓く」について

 特集  「不毛の原野を拓く」について はコメントを受け付けていません
2月 092009
 

この「特集」カテゴリに属する記事作成の目的には、無論、特定の個人を中傷する意図は含まれていない。

あくまでも、創立20周年を機に来し方を振り返り、小団の歴史の必然性を示そうとする試みの一つであるとでも言おうか。記事の登場人物がかつて在団し、このように去っていったからこそ、今の前橋男声合唱団が健全な形で存在するのは疑いようのない事実である。だからこそ、その団員の去っていった背景を照らし出すことに大きな意義があると思ったのだ。

ただ、当時においても現在においても、常識に照らして、その登場人物はぶっちぎりの「変人」であるから、その行動に対して沸き上がる反感については大人の人間的感情として看過できない部分であり、これを素直に表現する方が寧ろ自然であると考えたので、表題の「←」印以降に、いささかエモーショナルな記述をその都度施した次第である。

もちろん、より多くの人々と男声合唱を通じて交歓し、趣味として究めていこうという団の大方針は今後も不変だろう。

所詮は趣味の世界であるのだから、そこまで考えなくとも…と、重戦車のような活動方針を疑問視する論調がかつて団内の大勢を占めていたことがあったが、趣味だからこそこだわりたい…という強い気持ちと、確かな行動力というものがこれらを凌駕し、今の前橋男声合唱団を形造っている。

かつて、在団した人々。彼らに、感情のもつれさえ残っていなければ、今の我々の姿を見せてあげたい。そして、思いを伝えたい。「おかげさまで、今度5回目の自前演奏会を開きます。そして、団員25人、元気で頑張っています」と。

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2009年2月7日(土)通常練習

 練習日誌  2009年2月7日(土)通常練習 はコメントを受け付けていません
2月 082009
 

■場所 前橋中央公民館(46スタジオ)

■出席人数19名(T1:4 T2:4 B1:5 B2:6) 出席率76%

■練習内容
1.体操・呼吸・発声

○体操
○呼吸
・喉を開けることを心がける。
昨年6月以来続けてきた「喉開け」の試みだが、身体的に覚えられましたか?

まだの人は、今からでも決して遅くないので、
随意筋として、開けられるように訓練してね。

○発声練習

・各母音のメガホン作り→いろんな音程で五つの母音。
1オクターブ内でも、12音×5=60通りの口腔の形
理論上、これら全てを均等に訓練できなくては、歌は滑らかに歌えない。

・Nma〜と、やや時間をかけて響きをつかみ、A音につなげる。

・ドソミド(五度上下行)の動きで、ポジション保持の訓練。
ポジションは、最高音の「ソ」を基準に。下行時にいい加減にならずに留意。

・ほか、声出し数本。

○カデンツ

2.アンサンブル

ロシア語も三回目。
団員によっては今回が初体験の者もちらほらいるようだ。

着手前に、ロシア語に戦々恐々としすぎた面々は、結構慣れた口調になってきた。
もっと手こずるだろうと予想していたのだろうが、だからといって、この辺で満足されても尚早だ。
成長率は今が一番だが、徐々に、思うように進まなくなってくる。そんな時こそが肝心。
せいぜい、今を楽しんでおくべきなのかも知れない。

特筆すべきは、トップ吉川氏の復帰。
トップの実働5人化がもたらすメリットによる期待は大きい。

冷や水をかぶせるようだが、5人が全員揃っての共有時間が最大化されない限り、
デメリットも一緒に最大化されてしまう危険性が常につきまとう両刃の剣的な面もある。
トップとは、そういうパートである。(特に今の前橋男声のトップは!)
今後のトップメンの具体的な行動としての結実を期待したい。

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【曲目】「チャイコフスキー歌曲集」より

”ドン・ファンのセレナーデ”

・Tmは「ツン」に統一。(ただし、口先だけにならずに、必ず、深い母音で)

・セカンド、音取りが不十分。(特にTmの部分)日常生活内で口ずさめるくらいに訓練されたい。引き続き徹底的に精査されたい。

・Bass系メロ、音価を充分伸ばす。(今後アップテンポ化しても、やることは同じ)

・63小節〜 ユニゾンだが、T系(特にT2)音を掘らないように。(癖になるので、今からなおすこと)
発声の時間もやったが、フレーズの最低音を基準にしない。

・Top最終小節の最高音H。音を実音で出さなくともいいから、息をしっかり流す。
後日、徐々に音にしていこう。(全員で少し筒で良いから努力)

”憧れを知る者のみが”

※スローな同曲。歌詩付けが一番順調に運んだ事もあり、指揮者からは歌唱上の注意が数点なされた。
1.構造上の研究を各人が必ず行う。
どのパートががメロディを歌っているか、同音を歌っているパートはないか、
パートソロや縦が揃う箇所、同じ動きをするパート、
音楽が動き出す箇所、落ち着いてゆく箇所等々。

2.基本的に、ノンビブラートを徹底。(特にトップ)

・トップは、内声メロに合流する箇所多し。「合流注意」!!(ex.13小節、21小節)

・52小節全パート。Ah-は、あくびの口腔。全員徹底のこと。

”語るな我が友よ”

・ハミングM−は、Oo(Uhー)に変更。(←統一を徹底されたい)

・構造的に、ソロとの対話。子音を若干立てて呼応するように。

・40小節。タイの中に、付点四分音符があることを意識して音を伸ばして、最終小節に入り込むように。

”何故?”

・全体確認

今日は19人。なかなか鳴る。
ロシア語の響きがカチッと全パートはまった瞬間が、1〜2秒(?)あってけど、
なかなかシビれる瞬間だった。

多分、今回のロシア語、(まぁ、何でもそうだが・・・)
六割近くまでは短期間で登り上げられると思われるが、前述したように、
それから初めて、できてナンボの世界に入り込んでゆくわけで、これからが本当の練習となる。

外国語歌曲の愉しみというものを、いろんな角度から全員で堪能してゆきたい。

■連絡事項

(事務局より)
・次回練習は2月14日。(練習場所は同じ)
・指名ボイストレーニングの実施について

(指揮者より)
・音と歌詩を各自確認のこと(特に音が不十分な人は、優先して音を確認して下さい)
・次回も、チャイコフスキー歌曲集歌い込み。

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ベルリンフィル・コンサートマスター=安永 徹氏が退団

 日記・コラム・つぶやき  ベルリンフィル・コンサートマスター=安永 徹氏が退団 はコメントを受け付けていません
2月 062009
 

■記事引用:ベルリンフィル・コンサートマスター安永さんが退団へ(西日本新聞2009年1月27日)                    

 世界最高峰の管弦楽団とされるベルリン・フィル(ドイツ)の第一コンサートマスター、安永徹さん(57)=福岡市出身=が2月22日のオーストリア・ウィーン公演をもって辞任する。

 安永さんは九響永久名誉指揮者の故安永武一郎さんの長男で、バイオリニスト。桐朋学園大を卒業後、1977年にベルリン・フィルに入団。83年に指揮者・カラヤンに認められ、東洋人初の第一コンサートマスターに就任した。一般奏者からの就任も同楽団史上初で、話題を集めた。高い音楽センスと温かな人柄で楽団員の人望を集め、室内楽やソロ演奏にも積極的に取り組んできた。

 65歳の定年まで約8年を残した辞任の理由について、安永さんは「個人的な理由」として明らかにしていないが、今後は北海道に住まいを移し、「1年後ぐらいには何をするか、見えてくると思う」と話している。後任は未定という。

・・・
しまった!昨日、他のブログを斜め読みしていたら、↑こんな記事が!
昨年大晦日の記事で、安永さんのすごさに一言触れたのだが、
このときには既に退団が決まっていて、新しいコンマスを募集していたようだ。

それにしても、ショック!である。

その際、世界に冠たるベルリンフィルのコンマスに、20数年もの間、日本人が就任していたという事自体、
ほとんどの日本人が知らない事実に忸怩たる思いを抱いていることを告白したが…

ノーベル賞やオリンピックで金メダルを取ることと比較しても詮無き事ではあるのだが、
これに匹敵する位の偉業であると、私は信じて疑わない。
ベルリンフィルのコンマスに一般奏者から就任して、四半世紀もの間、その地位を保っていることの偉大さ。
世界随一のずば抜けたテクニックだけでなく、時には指揮者並の大局的な視点から音楽を見渡す能力も必要だろう。

N響でも日フィルでも群響でもなく、そんな世界一流のオケの要職を、
東洋の島国、日本人が務めていたという事実!

(↑なんとなく、西洋人の後塵を拝しているという潜在意識があるからか、痛快でもありました!)

ベルリンフィルの演奏をライブで聴くという野望は、いまだに果てしなく夢に近いが、
(日本公演チケットは目玉が飛び出るほどの高額だが、いずれ生で聴いてやるっと決意している)
その時は、安永氏が退団したベルリンフィルとなっているのかと思うと、甚だ残念である。

(私としては、所詮CDやテレビ、DVD等で聴くしか術を知らぬわけで、
 従来、莫大な演奏のほんの一部を聞きかじることぐらいしかしていないから、
 こうして安永氏の率いたベルリンフィルの演奏を当面楽しめることは間違いないのだが)

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 Posted by at 00:14

不毛の原野を拓く3…「オレひとり位いなくても大丈夫だよね」 ←ドタキャンしておいて大丈夫なわけないだろう

 特集  不毛の原野を拓く3…「オレひとり位いなくても大丈夫だよね」 ←ドタキャンしておいて大丈夫なわけないだろう はコメントを受け付けていません
2月 052009
 

今回も、前回に引き続き記念すべき第一回演奏会直前に起きたハプニングである。時は、平成8年(1995年)4月。前回掲載した、X氏による突然の退団ショックから立ち直れない時期の事件である。実は、この件は、既にここに書いている。その時は、その文中で断っているように、槍玉に挙げる意図はなかったが、今回もやはり槍玉に挙げるという程ではなく、背景を加えて説明してみたい。(笑)

今回登場するのは、ベースのY氏。

時期は、4月下旬だった。X氏の事件を忘れようと努力していたその頃、私は既に4回続けて練習を休んでいたY氏を心配していた。この方も、当時のベースの核として活躍していた。技術はともかく、生まれつき響きの豊かな声に恵まれ、その存在だけで、ベースの響きに芳醇な味わいが加わるようだった。

当然、彼の不在は、ベースのパートとしての求心力を欠く事態を招き、その不在期間が長引くにつれ、その影響はベースのみならず、団全体に拡散しつつあった。しかも、第一回演奏会で演奏する、とある一曲でのソリストに指定されていたこともあり、彼の去就が残された団員に対して、大きな力を及ぼすだろう事は誰にでも想像がついていた。

当時、パートリーダー職は存在せず、団内のあらゆる雑事はマネージャーの仕事であった。気後れしながらも、私は彼に電話を入れた。もちろん、練習に来るよう頼むためにである。しかし、やっと連絡の取れた彼からの回答は「否」であった。理由を尋ねると、何やら本番当日に、彼にとっての別の演奏機会が重なっていて、そっちを優先するとのことで、オンステしないから即ち当分練習にも出席しない、と。結局、「オレひとり位いなくても大丈夫だよね」というセリフで、電話は切られたのだった。

本番一ヶ月前にドタキャンしやがって、
大丈夫なわけないだろう!?

結局、彼は掛け持ちする他の合唱団と前橋男声を天秤にかけたのである。その結果、前橋男声は捨てられたというわけだ。

実は、合唱後進県「群馬」では、ちょっと声が良いだけで、いろんな合唱団から「ウチに来て」などと声を掛けられ、引く手あまたの様相…という展開に至るケースが多い。この話は決して冗談ではないのだ。確かに嫌な気分はしないだろうしね。彼はそのクチであった。人も良いのかな。いろんな合唱団等に顔を出し、なおかつ、いまだにどこにも定着できていないはずだ。一年くらいして、男声合唱がまたやりたくなったのかねぇ、何食わぬ顔して練習場に来たので、よくおいでになりましたね!と、笑顔一杯に迎えてやったっけな。第二回演奏会はオンステしたけど、その後、またぷっつり来なくなっちゃってなぁ。まぁ、そういう合唱との気分的な接し方を全否定はしないけど、長期的な活動継続を前提とする合唱団にとっては、なんとも迷惑な話だぁね。

果たして、ソロのお鉢は私に回ってくることに。(2曲目のソロとしてだよ、2曲目!)一ヶ月前にソリスト変更はキツイだろ。

こうして、利己主義に凝り固まった方々からの洗礼は、まだまだ続くのだった・・・

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 Posted by at 22:09

中森浩太さん歓迎会行われる!

 ニュース, 歓送迎会  中森浩太さん歓迎会行われる! はコメントを受け付けていません
2月 022009
 

中央奥の橙色セーター着用が中森氏

2009年 2月1日、先般入団を果たした中森浩太さんの歓迎会が高崎市内で行われた。立春を3日後に控えたこの日、朝から冷たい空っ風が県内で吹き荒れ、上越線に遅 延が生じるなどして、その影響もあり、予定より30分繰り下げられて開宴となった。

この歓迎会は練習日の翌日となったが、中曽根指揮者のほかに16名の団員が集まることができた。今年は11月に待望の第5回演奏会を予定している小団に とって、中森さんの入団はこれ以上ない形での一年の滑り出しとなったが、インフルエンザなどの風邪や、仕事の多忙により、特に若年層の討ち死に(?)が多 く、欠席の8名中6名が20~30代の団員となった。

さて、宴会は、「木曽路」という日本料理店で16時30分スタート。山岸団長からの歓迎の言葉と中曽根女史の発声により乾杯。特に、今年は自前演奏会の 年であり、団員各位の強い自覚が求められる年となる。

とにかく、中森さん、ようこそ、前橋男声合唱団へ!末永く、一緒に合唱ライフを楽しみましょう!


今日のメニューは「しゃぶしゃぶ」である。久々に座席をくじ引きで決めさせていただいたのだが、各テーブルの一番若い団員が「灰汁取り要員」として指定さ れ、体制は万端。

一人当たり1.5倍の肉が運ばれ、(足りない方もいらっしゃったようだが)みな舌鼓を打つ。その間、時間限定の飲み放題タイムも粛々と同 時進行し、遠慮無くグラスやらお銚子が宴席に運ばれては下げられながら、団員は杯を重ね、会場の熱気も高まってゆく。

遅れて登場した還暦の年男 ”B1宮島氏”による、大変簡素な二度目の乾杯も行われて、宴会は最高潮に。そこかしこでいろんな話に花が咲き、大きな笑い声や どよめきが沸き起こる。一昔前のお行儀が良過ぎ、不祝儀時のお清め

寸前のような宴会が嘘のようだ。


途中、恒例の自己紹介タイム。宴席の端から順番に、古参 団員が立ち上がり、自己紹介をする。まぁ、このコーナーがなかなか人間味溢れる場面が多く、小団 宴会の見せ場でもあるのだ。

普段一緒に歌ってはいても、なかなか目にすることの出来ない団員の一面が垣間見られるという、貴重な時間…など と、筆者などは勝手に位置づけ、楽しみの一つとしている。

まぁ、少なくとも、いろんな個性溢れるだけでなく、協調性豊かな人材が揃っているなという印象を 与えることが出来たのではないかと思っている。そして、トリとして中森さんに自己紹介を頂いた。


改めてであるが、中森さんのご紹介を。

中森さんは、前橋市にお住まい。県内の有名な化学企業にお勤めである。実は第一線からは退いていらっしゃるのだ が、その後も、派遣職員として実務に携わっているとのことだ。また、団内では少数派であるが、技術系(理工学系という意味)のご出身である。

男声合唱が隆 盛を築いていた学生時代には、東京大学コールアカデミーで活躍されていた、貴重な男声合唱経験者でもいらっしゃる。

群馬県内では、一時期、某第九合唱団の活動に参加されていたこともあったそうだが、昨年、学生時代のご友人と飲む機会を得、再び合唱魂が目覚めたことが大きなきっかけだそうである。やはり、歌 や音楽というものは、時に人を勇気ある行動に駆り立てるのか・・・。

そして、県内合唱団をネット上で探索されていたところ、小ホームページに突き当たり、 活動日がご希望と合致し、なおかつ、その記載事項から類推される音楽的レベル(?)等をお見通しいただいた中、入団を心に決められた上で、本年1月17日 の練習場にお見えになったというわけである。

たいへん、ありがたい限りである。ホームページの一部を執筆している私としては、まさに担当者冥利に尽きるというものである。

そして、あらためて、合唱団にとってのインターネットの重要性というものを深く心に刻んだ次第。


さて、宴会は18時半過ぎに無事お開きとなり、一同はバ スで高崎駅東口へ向かう。降車後、飲み足りない(?)ある一団(間違いなく、私が先導していた・・・汗)は、高崎駅西口方面に二次会を設定し、場所を移したのだっ た。

まぁ、直近の飲み会では、佐藤(大)氏の歓迎会の時には、若手中心の二次会となったものだが、今回は重鎮がズラリ。前橋男声合唱団の枢密院というか、元老院会議かこれは?と思ったのも束の間、元老達は、いつになく妙にハイテンションぶりを発揮し杯を重ねてゆく。

とにかく、来た酒をみんな飲んでしまう。何がきっかけだったか覚えていないが、隣の席の老夫婦に声を掛けたかと思うと、その場で何やら意気投合!(私は他人のフリをしていて詳細を知らぬ・・・笑) などなど、ちょっと刺激的なシーンが連発。「ちがうかぁーっ」も連発!

羽目を外し過ぎそうになる雰囲気が漂い始めた中で、ササッと飲み代を平たく徴収し、素早くお開き。

そして、脱兎の如く逃げた…というのは 嘘であるが、とにかく、小団の若年層のパワーに加えた第二極としての元老…もといっ「壮年層」の濃密なキャラと旺盛な活力を見せつけられ、 今後、実際の歌声やハーモニーにどんな変化が加わり、第5回演奏会にどんな成果が得られるか、なかなか期待できるなぁと感じた。

こうなってくると、40~ 50代、いよいよ奮起せねば!

(先日、浅間山が「小」噴火したが、二次会は、そんな感じでした・・・ということで、 本レポートを終了したい)

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 Posted by at 21:51
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