9月 212010
 

9月19日に行われた群馬交響楽団の定期演奏会で配付される、
演奏会プログラムに対するちらし挟みに行ってきました。

群響マネージャーの栗田氏の指示で、1600部を用意して持ち込んだのですが、
よく考えれば、そもそも群馬音楽センターのキャパは公称1932席。
若干少なく見積もっているようですが、実際は足りたのかな・・・・?
それとも、合唱団が入る分、客席外してオケを前に出したのかな。
当日、別に演奏を聴いたわけではないので、顛末はわからずじまい。

「のだめ」なんかで一時的に集客数が増えたけど、
そろそろ一過性の客が去ってゆく頃ですな。
と思ったら、事業仕分けや自治体からの補助金削減で楽団財政は青息吐息。

前にここでも書いたのですが、 世の中には古今東西を問わず、文化芸術が必要です。

その文化芸術振興の責務は国と地方自治自体にあると、
文化芸術振興基本法(平成13年法律第148号)には書いてあります。
経済が悪い時こそ、文化芸術のありがたさが相対的に高まると、
私などは思ってしまいますが、いかがなもんでしょう?

それはさておき、この日は年に一度の群響合唱団が出演する唯一の公演。
合唱関係者からしたら、絶好の宣伝日和なのです。

そんなわけで、本ブログ冒頭掲示中のちらしを挟み込むことに。
同業者もちらほら。
全部で、14~15団体だったかなぁ、挟み込みに来てたのは。

合唱団葡萄のisaさんにもお会いし、演奏会情報を入手。
第8回演奏会が11月21日(日)14時に、玉村町のにしきのホールだそうです。
11月6日にもちらしを挟み込みにおいでになりたいとのことで、即諾。

さて、ちらし挟みの方は途中休憩をはさみながら、 14時から16時まで約2時間を要しました。
6~7人がチームを作って一列に並び、次から次へとちらしを重ねて受け渡してゆき、
最後に、演奏会プログラムのど真ん中ページに全てを挟み込んで完了。

この日は、最後に挟み込む役を私が引き受けることに。
とはいえ、高崎市発行のちらしを、ちらし群の一番下に加えてから、
プログラムに閉じ(綴じ?)込むわけなのです。
隣の方からちらし群を受け取り、テキパキとこなさねばなりません。

ぼやぼやしていると、どんどん、ちらし群が私の前に積まれてしまいます。
私、結構好きなんですよね、この作業。
なぜ好きかというと、目に見えて成果がわかりますし、
(出来上がったプログラムが目の前に高々と積み上げられてゆきます)
あと何といっても、作業を終えたあとが、実に良い解放感に浸れるからです。

それに、隣の奴との競り合いも面白い。
今回隣だった奴は、要領が悪く、ちょっとつまらなかった。
しょっちゅう、ちらしを床に落として撒いていたし。

素早く自分の作業をして、手を出して奴からちらし群を渡されるのを待つ。
手を出すと、催促するようでプレッシャーかかりますよね。
この日の隣の奴の手許が狂っていたのは、私のせいだね、やはり。

今宵の群響合唱団の出し物は、
イギリスの作曲家ウォルトンの「ベルシャザールの饗宴」。

作業をしながらも、リハーサルの様子が漏れ聞こえてきます。
休憩時間に、その様子を少しだけ見学させてもらいました。
私は、この曲自体を知らなかったのですが、
どうやらバビロン補囚をテーマにしているようでして、
歌詩はあくまでも英語主体で、合唱団もさぞかし難儀したのではと想像します。

オケも合唱団も、当然ながらみんな普段着。
指揮者は外人でかなり若造のように見えます。
目の前の金管の咆吼や合唱による絶叫に心を奪われながらも、作業に戻らねば!

さて、この限られた短時間でのちらし挟み込みに注ぐ集中力は、
自分でもすさまじい気がします。
(普段の仕事でも、その力を発揮しろよな・・・汗)

いつも作業が終わると、「燃えたよ、真っ白に燃え尽きた~」と、
心の中で呟きながら帰路につくわけで・・・あはは。

でも、お客さん全員がちらしを見てくれるわけでもなく。
大半はゴミ箱直行なのかも。
でも、チラッとでも、ちらしを見てくれるお客さんのために、
今回も頑張りましたよー。

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 Posted by at 23:58

能をつかんとする人

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2月 122010
 

当団では年間の活動計画を練るに当たり、 本番機会をどのように配置するかが当然ポイントとなるのだが、
その考え方として、かつて、二つの大きな流れが存在した。

一つは、我々の練度が十分高まり、諸々準備万端整ってから本番を迎え、
我々にとっての満足感をまず最大化することが、お客様にとっても同じ効果を及ぼすという考え方。
この場合、本番はほぼ自前演奏会のみに注力することとなる。

これに対し、団員のモチベーションを維持するためにも、適切なインターバルで本番機会を設け続け、
最終目標である自前演奏会に誘導することで、お客様と我々にとって充足できる演奏を目指すという考え方。

この二つの流れは強く対立して摩擦が生ずるということもなく、いつの間にか後者に収斂したのだ。
あたかも大河が、支流を合わせてゆくかのように。

以下、有名な吉田兼好の「徒然草」の一節から。

能をつかんとする人、「よくせざらんほどは、なまじひに人に知られじ。うちうちよく習ひ得て、さし出でたらんこそいと心にくからめ」と常に言ふめれど、かく言ふ人一芸も習ひ得ることなし。 未だ堅固かたほなるより、上手の中に交りて、毀り笑はるゝにも恥ぢず、つれなく過ぎて嗜む人、天性、その骨なけれども、道になづまず、濫りにせずして、年を送れば、堪能の嗜まざるよりは、終に上手の位に至り、徳たけ、人に許されて、双なき名を得る事なり。 天下のものの上手といへども、始めは、不堪の聞えもあり、無下の瑕瑾もありき。されども、その人、道の掟正しく、これを重くして、放埒せざれば、世の博士にて、万人の師となる事、諸道変るべからず。

簡単に口語訳をつけると、
芸を身につけようとする人が、 「上手くないうちは、なまじ知られないように内々で十分習ってから、
人前に出ようというのは奥ゆかしい」 とよく言うが、そんな風に言う人で芸を会得できる人はいない。

まだ、まったく未熟なうちから、上手な人にまじって、けなされたり笑われても、 恥ずかしがらず、さりげなくやり過ごせる・・・
そんな人は、 才能がなくともサボらず、いい加減にせずして、年を重ねてゆけば、 才能があっても努力しない人より、
やがては名人の境地に達し、 芸の格も上がり世間から一流と認められ、名声を博する のだ。

天下のその道の名人といえど、最初は、未熟と酷評され、ひどい欠点があるものだ。
でも、その人が、その道の掟を正しく守り、放埒なことをしなければ、 世の中の師匠たるべき人となることは、どの道でも同じである。

・・・とまぁ、そんな意味になります。

「徒然草」に書いてあれば即ちこれ真理であるとは限らないが、
大河に支川が合流するのは必然であったのかなぁと、なぜか今頃感慨に耽るのであった。

こんな事を書くと、何を大袈裟な・・・と笑われるかも知れないが、
今一度、わが前橋男声合唱団の来し方を振り返るに、 名声などとは全くほど遠い状況ではあるが、
まんざら方向だけは間違っていないのではないかと、 当代随一のエッセイを斜め読みして、心を強くした次第である。

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文化芸術予算復活へ!

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12月 262009
 

先日、事業仕分けによるつまらぬ費用対効果という一律的な物差しによる事業評価で、
文化芸術予算が危機に立たされているというエントリを起こしたが、
昨日閣議決定された平成22年度政府予算案によれば、これらの論調が消え失せ、
文教・科学振興費全体としては、5.2%増という復活ぶりだ。

まだ、本稿作成時点で、文部科学省には資料がアップされていないので、詳細は不明だが、
興味のある方は財務省ホームページを覗いて欲しい。
今ならトピックスから、後日なら報道資料から予算の政府案が読めるだろう。

本来、私の本職ではもちっと違う省の予算を扱っているだが、そっちは激減!

昨日は、夕刻に総理の記者会見が始まる前からこれらの情報をあらゆる手段を用いて入手、
その省の予算分析を進めていたのと同時に文化芸術予算の動向にも注意していたが、
事態が好転してこれ以上のことはない。

「圧倒的圧縮」を求めた行政刷新会議(事業仕分け)に比べ、
政府(主に財務省)はよくわかっている!とまずは評価したい。
芸術文化振興に関する予算はほぼ要求通りと言って良い。

小澤征爾をはじめとした音楽界、そして映画界や梨園の重鎮達がこぞって抗議していたし、
やはり、きちんと行動として意義を申し述べるべきなのですね。
阿吽の呼吸など、もう古い手法なのかも知れません。

事業仕分けの騒ぎは何だったんだろうという感が強いが、
おかげで、検討プロセスをはじめ、責任官庁のプレゼンテーション力不足や、
あの議員この人物がトンチンカンな野郎であることなどが白日の下に晒されたのだから、
意義はなくはないか。

我々のような地方の弱小合唱団に過ぎない身にとっても、
芸術文化予算が削られれば、地方オケはおろか、いろんな文化施設だって経営が立ちゆかなくなる。
そこを練習場として借りている我々にだって影響は及んでくるはずだ

あとねぇ、最後に一つ。
仕分け人のオジサンの中に、文化芸術など、地方に任せておけばよい!などとのたまう人がいましたけど、
八年前に制定された文化芸術振興基本法(平成十三年十二月七日法律第百四十八号)を一部掲げます。
国や地方の責務や、国民の理解などなど、ちゃんと書いてありますので。


(国の責務)
第三条 国は、前条の基本理念(以下「基本理念」という。)にのっとり、文化芸術の振興に関する施策を総合的に策定し、及び実施する責務を有する。

(地方公共団体の責務)
第四条 地方公共団体は、基本理念にのっとり、文化芸術の振興に関し、国との連携を図りつつ、自主的かつ主体的に、その地域の特性に応じた施策を策定し、及び実施する責務を有する。

(国民の関心及び理解)
第五条 国は、現在及び将来の世代にわたって人々が文化芸術を創造し、享受することができるとともに、文化芸術が将来にわたって発展するよう、国民の文化芸術に対する関心及び理解を深めるように努めなければならない。

(法制上の措置等)
第六条 政府は、文化芸術の振興に関する施策を実施するため必要な法制上又は財政上の措置その他の措置を講じなければならない。

鳩山さん、他の所じゃいろいろヘマしてるみたいだけど、(←それもちゃんとして下さい)
芸術文化の振興について、くれぐれもよろしくお願いしますよ。

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 Posted by at 22:03

事業仕分けで文化芸術予算削減へ ←芸術がわからぬ政治家を総選挙で勝たせてしまったのは誰?

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12月 072009
 

【記事引用】<事業仕分け>

日本オーケストラ連盟など抗議 交流予算の縮減で

読売新聞(2009.12.7 13:51)

政府の行政刷新会議が、事業仕分けで芸術家の国際交流の予算要求の縮減が妥当などと判定したことに対し、日本オーケストラ連盟などが7日、抗議を表明した。指揮者の尾高忠明さんや外山雄三さん、作曲家の三枝成彰さん、ピアニストの中村紘子さんらが東京・丸の内の東京国際フォーラムで記者会見を開いた。

事業仕分けでは、日本芸術文化振興会や芸術家の国際交流の予算要求の縮減が妥当と判定され、伝統文化子ども教室事業、学校への芸術家派遣、コミュニケーション教育拠点形成事業は国の事業として行わないと判定された。日本オーケストラ連盟と日本演奏連盟、日本クラシック音楽事業協会などは、芸術の質の低下は避けられず、豊かな人づくり、社会づくり、国づくりの沈滞、国際社会におけるわが国の地位低下を招くとして再考を求めている。

事業仕分けをめぐっては科学技術予算にも削減や見直しが相次いだことから、ノーベル賞受賞者らが11月25日に記者会見を開いて抗議。また、スポーツ予算の縮減が妥当と判定したことを受け、日本オリンピック委員会(JOC)は1日、フェンシングの太田雄貴選手など五輪メダリストらを集め東京都内で抗議の記者会見を開いた。

—————————————————————————————

先月から、いわゆる「事業仕分け」が行われ、その仕分けの手法やプロセス、そして報道ぶり等、
私自身眉をひそめながら見守ってきましたが、どうやらここにきて、
直接的、間接的に関係する団体や個人などから抗議が相次いでいます。

小団も、この平成21年度に助成を受けてお世話になった、
独立行政法人「日本芸術文化振興会」関連の事業仕分けの件です。

ここに仕分け時の評価コメントが載っている。ぜひ一読してみてください。
こんな事を平気でのたまう奴らが、今の日本の政治を仕切っているのです。
そうさせたのは、この八月の総選挙で大いに民主党を勝たせた我々国民ではあるのですが。

僭越ながら、更にそれに私がコメントを加えればですね、幼稚の一言です。
それに論理が飛躍しすぎている。
おまえら、それで政治の要諦を肝に銘じた政治家かと。

もちろん、政治の運営は、ときの経済状況に大きく影響されるので、
時勢に応じての増減は十分あり得る話ですが、今回の事業仕分けはそういう次元の話ではなく、
予算の「圧倒的圧縮」と「地方自治体での実施」と結論づけているのです。

この独立行政法人からは、前橋男声合唱団のような数十万円単位ではなく、
億単位の助成を受けてようやく経営されている芸術団体が数多くある。
その代表格が、我らが地元の群馬交響楽団に代表されるような地方オーケストラである。

今回の仕分けはまだ最終的な実施が決まったというわけではないのですが、
地方財政も這々の体で、地方オケをかろうじて支えているに過ぎません。
今でさえ財政難にあえいでいる地方オケを、真綿でぐいぐい締め付けるようなものです。

合唱も決して無縁ではないと思っていますが、全日本合唱連盟は何か声明を出すでしょうか。
今後も注目していたいと思います。

さて、上記でリンクを張らしていただいているが、
その評価コメントの中に次のような発言をした者がいるらしい。

『国が補助するというのは知識不足。
そもそも文 化振興は国の責務か、民間中心で行うか、議論が必要。  』

芸術文化事業が全て民間・・・すなわち商業ベースで展開すべきか議論が必要と言っています。
この者こそ知識不足なのではないでしょうか。
費用対効果という物差しでは、芸術や文化は測れるわけがありません。

とかくに住みにくい人の世を束の間でも住みよくするために、芸術は必要です。
これは、真理です。
古今東西、時の為政者は、必ず芸術に一定の庇護を与えてこれを容認しました。

昨年も、鼻息の荒い大阪府の橋下知事が、在阪のオケをつぶそうとしたことがありましたが、
そういう芸術に教養のない人間が増えてきている気がしてなりません。
だとすれば、実にゆゆしき問題です。

今日の記事の結びに、夏目漱石の「草枕」から、有名な冒頭部分を引用しておきたいと思います。

————————————————————————————
山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安いところへ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画(え)ができる。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらする唯の人である。唯の人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
越すことならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか寛容(くつろげ)て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職ができて、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするがゆえに尊い。
住みにくき世から、住みにくき煩いを引き抜いて、難有(ありがた)い世界をまのあたりに写すのが詩である、画である。あるは音楽と彫刻である。

(以下略)

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