
気づけばこれまでに「発声」についての記事を4本も書いてきた。別にシリーズ物にするつもりはなかったのだが、国内合唱界の発声事情があまりに迷走していて、黙っていられなかったのである。
○発声について(2004年11月1日)
○発声について思うこと(2010年4月18日)
○発声について思うこと(2)(2010年4月22日)
○発声について思うこと(3)(2010年8月9日)
当時は「発声を磨かなければ合唱に明日はない!」などと熱く書いた。いま読み返すと、まあ若気の至りというか、ちょっと大げさだったかなと思わなくもない。だが15〜20年経った今でも、状況が大きく改善したかといえば、むしろ悪化している気すらする。
世界の声楽界を見渡せば、日本には1000人以上の声楽家がいると言われながら、海外の歌劇場やコンクールで日本人の名前を見つけるのは至難の業。「あれ、ウォーリー探してたんだっけ?」と錯覚しそうなレベルである。
その一方で韓国。人口は日本の半分なのに、世界の歌劇場は韓国人歌手だらけ。「韓国人がいないと舞台が回らない」とまで言われている。これでは「日本人は骨格や声帯の形が違うから不利なんです」なんて言い訳も通じない。
つまり日本の合唱・声楽界は、伝統の浅さゆえにポップスや流行の風に吹かれやすく、発声の基盤がグラグラしているのだろう。大木になれず、草花レベルで毎年生え替わっているようなものだ。
もちろん、私自身も例外ではない。学生時代に身につけた無理な発声は、いまだ体にしっかり居座っている。おまけに「昔このやり方で高音が出たんだ!」という成功体験に縋って、今も同じ方法で喉を酷使してしまう団員も少なくない。恐竜が「まだまだ絶滅してないぞ!」と吠えているような光景だ。
でもその恐竜たちも、やがて定年を迎えて第二の青春(=男声合唱リターン)に挑む時期が来つつある。さて、そのとき昔のクセとどう向き合うか。答え合わせは、もうすぐそこにある。
結局のところ、加齢とともに声に枯れ味が加わるのは自然なことだ。むしろその声に人生の年輪を響かせられたら、それは「佳き歌」になる。問題は、そのための発声改革を今やるかどうか、だ。
恐竜がそのまま絶滅するか、はたまた「進化した恐竜」として再登場するか。私としては後者をぜひ見てみたい。男声合唱のステージに「新生恐竜」が並び立つ日を、半ば冗談、半ば本気で楽しみにしているのだ。
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