12月 292009
 

第5回演奏会から一ヶ月が経過し、ようやく冷静にいろいろなことを振り返れるようになった。

演奏会の録音については、直後に速報版が団内にmp3ファイルとして流通していて、既に、大方の演奏状況については理解はしていたが、 なかなか怖くて切り込めなかったというのが正直なところである。

このほど団内配付用の高音質のCDが完成し、(とはいえ、いまだ暫定版ではあるが) 本エントリにて、意を決し批評を加えることとした。

勿論、私情は極力排すよう努めたが、それにも限界があることを最初に言い訳として述べておきたい。

曲目紹介のアナウンスが告げられると、出番である。暗転の中、高鳴る胸を秘めて板に付くのだ。 我々の音楽の時間が始まった。

第1ステージ「チャイコフスキー歌曲集」
(1)何故?

何度も練習した一曲目の「何故?」の入り。 上原先生の奏でる優美な音色により、静かに蒸気が立ち上るように音楽が紡ぎ出される。 それに誘われるかのように上三声による第一主題が、やや重々しく奏でられる。

音量の指定はpであるが、重々しく感じるのは明らかに音色が暗いからだ。 高声部ほどそれは顕著だろう。 ただしそれは、チャイコフスキーの楽曲に共通して見られる陰翳とは全く次元の違うもの。 曲全体を不安定にしかねない要素をはらむ危険な立ち上がりとも言える。

pということもあり、難易度は決して低くはない。 無論、下腹部の緊張不足という技術的未熟によるものが大半だが、 冒頭の第一声にやや怖け付いて歌唱に躊躇するような面が聴き取れるのは残念である。

このあと課題だったBassのリフレイン・・・ 上昇音型にやや抗うように、主題の「何故?」という心情を凝縮させてゆく歌唱は、 ここに来てようやく完成の域に達したのだ。過去最高の出来であっただろう。

直後に、四声が揃うので、ここで安定感を取り戻し、一気に寄せ波となって押してゆきたいところ。 メロディがセカンドに移り、堅実に歌いこなしてゆくと、ピアノ伴奏の上下行が始まり曲が動き始める。

しかし、若干の歌詩の間違いや、肝心の縦がまだまだ揃わず、曲全体の軋みが完全には止まらない。 ここにきて突然、トップの場違いな発声によるオブリガードが、 その頂きを極めようとする気分を大いに萎えさせたのは痛恨事であった。 (ステ練ではそんな声は聞こえてこなかったのに、どうしたことだろう。 技術的に出来てないのにセーブしていたのなら大問題であるが・・・笑)

その後、音量がフォルテ系に遷移すると、発声もやっと色を取り戻し、再度四声が揃うことで、どうにか強制的にでも曲の両輪は安定してゆくのであるが、 中盤の一つの聴かせ処であるバリトンメロディはやや音色が硬ったか。

呼吸も浅く肺活量に自ら制限を加えている感じで、パートとしてコントロールが甘いのだ。 息が自然に回転しておらず、加えてリズムが走っており、曲に気ぜわしさを伴う結果となった。

やがて迎える絶唱部に向けては、和声が単純であり、大休符を伴うこともい助けとなり、 この時点で歌に勢いが戻り、どこかのパートが大きく突出することもなく、 トップも決してキレることなく、バランスの良いMeno Mossoとなって表出した。

曲の立ち上がりに内的混乱をきたしたことが影響を及ぼし、 曲の頂点が指揮者の意図より小さめに落ち着いてしまったのは残念だったが、団員全員で大局的な視点から引き波寄せ波の波動を感じ、 最後に繰り返されるピアノの第一主題に耳を傾けながら、余韻を噛みしめて乗り切れたことで、 この一曲目にして、組曲を貫くほどのしっかりとした背骨が形作られたと振り返っている。

(2)語るな、我が友よ

悲壮感溢れる前奏に続き、友の死を嘆くバリトンソロが切々と歌い上げる佳曲である。 男声合唱では有名な一曲であり、良い声の披露だけに堕ちがちなところ。

筆者も、過去に数々の美声、そして数々の皮相的な表現を聞いてきた。 だから、それをアンチテーゼとして強く心に留めさえすれば、 いずれイメージ通りの演奏ができるかといえば、そんな簡単ではない。

逆に、そうならぬようもがけばもがくほどに、皮相的に流れてしまう、 演奏会が近づくに連れて、そんな矛盾や見えない影と闘い、不安にさいなまれる日々であった。

演奏会パンフレットにも記述したが、東北弁と相通ずるような響きに私は注目していた。中でも、ロシア語特有のディクションには注意を払ってきたが、 深みを強調しようとする余りに、響きがこもったり、ドイツリートっぽくなったり。

しかし、ピッチや音色で、合唱に悪影響を与えることだけは避けねばならぬ。この日、私には小さなトラブルが発生していた。 原因は、前日の夜にろくに眠らずに本番を迎えていたことが大きいのだと思う。 (全く合唱団にとっては迷惑な話ではある)

一曲目「何故?」の後半部から、全身から血の気がひいてゆく際特有の痺れを感じていたのだ。 この一曲目が長い余韻を伴うこと、そして、この現象をかつて経験していたこともあり、 慌てずに対処できたのだが、結論から言うと軽い「貧血」である。

今となっては、この軽い貧血が、ソロに向けて集中力を高めるという皮肉な結果となった。 何がともあれ、ステージ上でぶっ倒れずに良かったということで。 (また、続くんかい! )

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