既報のとおり、期首に個人的な勝手な都合で執筆が滞っていたが、GW明けの今頃になってようやく記事を上げることが出来た。
今回は送別の話である。このたび、約三年半にわたって在団したセカンドの佐藤大悟さんが、晴れて東京都の教員として旅立つこととなった。
それは、年度末も押し迫った2012年3月18日(日)。既に前橋市の下宿を引き払っていた大悟君は、神奈川の実家から送別の宴に、高崎まで出向いてくれたのだった。
思えば、団の練習場のドアを叩いてくれたのは、彼が大学一年生の夏だった。(当時の記事はこちら)彼のブログ”rubato“を一読すればわかるが、合唱音楽への造詣は相当のものだ。
そして既に、入団当時もかなりの合唱への入れ込み度だったことはうかがい知れる。
小団は、彼のお眼鏡にかなう合唱団に、ついにはなれなかっただろうが、団員が増えて30人に達するなど、団の勢いが強まっていた時代は、まさに彼の在団時と重なるわけで、その貢献は多大なものであったのだ。
団内での存在感は、練習を共にした者なら誰でも彼を一番に推すくらいだ。その上背もさることながら、歌から滲み出るパフォーマンスは、他の団員を圧倒する。
そして、ほどなく彼の真骨頂は、中曽根指揮者の狙い通り、一昨年の女声合唱団 「ふじなみ・コーラス」とのジョイントコンサートで発揮される。すなわち、小団ステージの一曲”ゲゲゲの鬼太郎”でのソロ・・・。
身をよじりながらのダンスと、そこからあふれ出る「ゲゲゲ・パフォーマンス」は、完全にステージを食ってしまい、当日書かれた演奏会アンケートの中でも、一番印象に残った瞬間として、聴衆の注目を浴びたのである。
筆者の母をはじめ(笑)、特に年輩の女性の覚えは目出度く、このまま群馬に居てくれれば、前橋男声合唱団のオバサマキラーとして、集客に随分貢献したかも知れぬ。
果たして、彼の退団を聴いた「ふじなみ・コーラス」の面々も、「えっ! あのゲゲゲの彼が!?」と、その新たなる旅立ちをいたく残念がったと漏れ伝わっている次第である。
そして、ここからは私の個人的な思いが強いのだが、彼が前橋男声合唱団に入って得たことは、この他にもまだまだある。それは、発声技術面での成長である。
格別、前橋男声合唱団として彼を大いに育成したという強い自負があるわけではない。しかし、本来、地声がバリトンであったろう彼を、敢えてセカンドテナーに配属させた中曽根指揮者の慧眼に改めて驚くと共に、その意義は多かれ少なかれあったものと認識している。
今後、高校以来再びBass系で活躍するだろう彼にとって、前橋男声合唱団での三年半が、大いなる転機であったと、いずれ彼がブログなどで述懐してくれることを心待ちにしている。
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