11月 122006
 

(前日レポ)からのつづき

朝はまぎれもなく、万人に平等にやってくる。そして、練習の熟度なり進捗状況がどうであろうとも、容赦なくその日は訪れるのだ。

7月末に練習を開始 して以来、 若干3ヶ月というたいへん短い期間であったが、この10月29日、ついに本番の日を迎えることとなったのだ。

さて、会場は、群馬県主催行事の総本山「群馬県民会館」である。この日は、好天に恵まれ、しかも朝からぽかぽか陽気で、日中の気温はぐんぐん上がり、街には上着を片手に半袖の方も多く見られたほどだった。お客様の来場条件としてはこの上ない環境となった。


しかしながら、客入りは並。合唱団絡みの父兄・地縁血縁では自ずから限界があったか、客席は六分入りのといったところ。予定の15時から、かなりおし て、 開演となった。

青島氏の軽やかで気さくなトークと、作曲家のこぼれ話で笑いのたえない、アットホームな演奏会となった。ご家族で聴きにいらっしゃった方も 多く、リラックスして愉しんでいただけたのではと思う。

合唱も、本番になって女声陣が多人数による本領を発揮し始め、男声陣も少人数ながらまずまずの健闘 を見せることができたのではないか。とにかく、ハプニングもなく無事全曲を歌いきることが出来た。ご来場いただいたお客様に御礼申し上げる次第である。

また、主催者事務局の皆様、群響の皆様、そして、戦友である前女前高の諸君、お世話になりました。この場をお借りして感謝申し上げる。

さて、一応プログラムを確認する。

○第一部
 『ヴェルディ/歌劇「運命の力」』より序曲
『ヴェルディ/歌劇「ナブッコ」』より「行け、我が思いよ、黄金の 翼にのって」
『ヴェルディ/歌劇「トロヴァトゥーレ』より「アンヴィル・コーラ ス(鍛冶屋の合唱)」
『ビゼー/歌劇「カルメン」』より前奏曲、アラゴ ネーズ、間奏曲、トレアドール

○第二部
 『モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」』より序曲
『モーツァルト/モテット』より「Ave Verum Corpus K.618」
『モーツアルト/レクイエム ニ短調 K.626』より  「Lacrimosa」
『マスカーニ/歌劇「Cavalleria Rusticana」』より「オレンジの花は香り」

【アンコール】
 『オッフェンバック/喜歌劇「天国と地獄」』より序曲
『アニメ/となりのトトロより「さんぽ」』

(以上、黄字が合唱曲で我々の歌った曲。ただし、アンコール 曲「さんぽ」は斉唱)

サブタイトルを本番レポと記したので、本番の演奏についての詳細を期待された向きには残念であろうが、従来の演奏会レポと同様、これは割愛したい。

「段取り八分」という言葉があるが、合唱はそれ以上の割合で 段取りに手間がかかるものだ。筆者としては、人為的意識が明確に介在するこの段取りの部分こそ、合唱論の中心テーマとして考えているところであり、小欄の 主題の一つ として記述していきたいと考えている。(決して本番心理等を軽視しているのではなく)

さて、例によって、時系列として、我が団を中心とした動きを 追ってみたい。

主催者作成のタイムテーブルによれば、10時30分に合唱団集合 となっていたが、予想どおり、発声練習の時間が設けられておらず、小団だけは9時40分には会場に集合し、独自に準備運動~呼吸~発声を行って、万全を期 したの だった。

途中、前橋高校の諸君も合流し、男声だけでのチューニングが僅かな時間でもできたことは、本番においても目に見えない効果をもたらすに違いない。

11時より15分ほど、ステージ上において合唱 団全体でのチューニングを行う。前橋女子高校顧問の新氏によるリードで行われたが、指導者が発声のお手本を聴かせれば聴かせるほど、合唱団の発声の音色が 新氏ご本人の音色に近づいてゆくのだ。

特に感受性の強い多感な高校生を前に、本番当日のチューニングというものは心してかかるべきだなと、今更ながら再認 識させられた。また小団としては、ホールの反響を再確認しながらの調整となったが、あらためてこのホールの音響設計について痛感した次第であ る。

このあと、心配していた並びと、ステージへの出入りについ てアナウンスがあるよう だ。

実は、今日は主催者スタッフに負けないくらい現地には早めに到着していた。前日の合同練習時にも並びについては一切何の連絡もなく、団のマネジメント責任者として甚だ不安であったので、事前にホールのチェックをするための早出だ。

客席に腰掛け、大道具スタッフが作業するのを見守っていたが、ステージ後方には、公称120人乗りという山台がセットされた模様だ。

本日のオンス テは実に112 人。実測してみると、横幅12.6 メートルで5段構成である。110人としても、22人×5人の長方形・・・、つまりは、12.6÷22より、団員一人あたり横幅57センチという計算になる。

暗譜であれば我慢の余地はあるが、譜持ちではハッキリ言って狭い。

もう少し余裕のある山台配置(例えば両翼を張り出す等・・・両翼全面にはこの日、オケのメンバーは不在でがら空きであったのに!)に変更できないか意見具申したところ、群響マネージャーの 栗田氏によれば、群響定期の時など、この広さにもっと大人数で乗るんだと、にべもない返答。

おいおいそれって、受け取りようによっては、「だから我慢し ろ」みたいな言い方にも聞こえるぞ。でも、狭いものは狭い!・・・本番直前であり笑顔で受け流したが、このオーケストラ演奏会における弱小合唱団の扱い方に関す る本音を垣間見た思いである。

ついでに、フォーメーションの事前決定を具申したが、事業団担当 者も群響・栗田マネも、とにかく「現場合わせで」との一点張り。設計無き現場合わせとはこれい かに?ここに至り、私はお手並み拝見を決め込むことににした。

画像は、会場正面からのゲネプロ風景の一コマ。パート間に隙間があったり、合唱団の隊形が乱雑で、揃っ ていない様子が見て取れる。合唱団が反響板の奥に挟み込まれ、とにかく山台上に詰め込んだという感じ。また、合唱団が整然と並んでいるのとそうでないのとでは、聞き手の印象には大きい差が出てくるものだ。

一応、群響のステージマネジャー担当様がいらっしゃって、 出入りの指示を仕切っていただけたのであるが、結局、並びに対しては明確な指示はなく、各合唱団の並びたい放題。

女声は一団体でSop.とAlt.が両翼 に二分されるからまだ良いが、男声は二団体であり、Ten.とBas.の境界が錯綜。

しかも、Ten.は曲中にディビジョンを抱える。そういう内部事情を まず整理するのは、各合唱団であって仕方ないが、主催者側からそういった具体の指示さえ出ずに、しかもこの異常な狭さである。

私は、団のマネージャーに過 ぎない身ではあるが、 一々問題のある箇所に動き、他団の並びを修正させた。よって、ステージ上は一時混乱したものであった。結局、主催者または群響の指示による「現場合わせ」 作業など、全くなされなかっ たのだった!

技術的な要請とフォーメーションがリンクされるべきことは常識中の常識であるが、少なくとも主催者側ではその辺を詳細に把握していないので、技術的事情 が現場に反映されることはあり得ず、「現場合わせ」の美名(?)のもと、その実無秩序な「並び」が強行されたことは残念である。

そういえばあったあった! 男声への群響・栗田マネから の指示が・・・。

「教育的配慮で、高校生をオケに近い前の方に並ばせてやってください。」

こ れである。真の教育的配慮をするなら、もっと技術と運営がステージ上で火花を散らして、プロのステージではこうやって本番が創られていくのだということを、目の前で高校生達に見せつけるべきだったのではないか。

しかも、ろくな成果も得られず、一時間余りも予定時間を繰り上げて通し練習は終わってしまっ た・・・。とはいえ、技術の支柱たる責任者は存在せず、運営は何かというと「現場合わせ」・・・。

彼らの言う「現場合わせ」とは、いかにも現場主義を標榜 しているようで聞こえはいいのだが、その実ステージ上の山台の上に、とにかく何でもいいから合唱団員を詰め込んでしまえという硬直した考え方に他ならない。これでは教育的配慮も何もあったもんじゃない。

さてゲネプロは前述のとおり、予定の二時間を大幅に繰り上 げて、一時間足らずで終了。オケは、コンマスを中心とした揺るぎない体制ができあがっているためか、音楽的にも微動だにしないものを感じたが、合唱団側は 高々2回の合同練習を経たに過ぎない、いわゆる烏合の衆である。

青島氏の個性的な指揮に合唱団としてついてゆけてないというのが実情であった。この日も、 とにかく通すことに重きが置かれ、これといった強い示唆は与えられなかった。

時間も余っていたこともあり、多感で純粋な高校生を主力とした合唱団を相手 に、もっともっと感覚に訴えるような(極端な話、催眠療法的な!・・・爆)効率的な本番直前練習が出来たのではないかと思う。

最後に、「オレンジの 花・・・」で、男声がろくに歌えていたかったテンポ変化の激しい課題となっていた部分は、空き時間に練習をしておくよう指示が出、一旦の解散後、見るに見かねた小団常任の中曽根指揮者により、男声全体がステージ上に居残っての修正・調整作業が図られたことは幾ばくかの救いとなった。

こうして本番を迎え、何とか終演にこぎ着ける事となるのだ が、今後のため にも当演奏会におけるマネジメント上の不備を指摘して総括としておきたい。

マネジメント面での不備な点

1.合唱団確保時期が遅すぎること
2.技術責任者としての合唱指揮者を設置しなかったこと
3.主催者の合唱に対する無知と過信

1.について
筆者も役所の仕事の流れや体制については熟知しているつもりだが、それにしても話を持ってくるのが遅すぎる。

そもそも、平成18年度予算の予算要望は前 年の年末までにとりまとめられる。翌年の知事査定を経て年度末には予算が内示されるのが通常だ。本来、予算を要求する時点で、事業の目的や実施方法、そし てその効果など、詳細にわたって資料が作成されるのだから、前年度中に内々に話があったっておかしくないのだ。

場合によっては、予算が認められない場合も あるので、年度が替わるまでは具体のオファーは不可能かも知れないが、予算が確定した年度明け早々から全体計画→個別の実施計画を組む体制を整えていれ ば、ゴールデンウィークまでには合唱団に話ができるはずである。
  
2.について
合同練習が本番までに二回実施されたことはお知らせしたとおりであるが、その間、前橋女子高校顧問の新陽一氏が練習をリードしてくださった。しかしなが ら、事前に青島氏との実質的な打合せは持たれなかった模様で、練習中に青島氏の設計思想がメンバーに伝わることはなかった。(新先生は、合同練習冒頭で、 青島先生とは旧知であると仰っていたのに残念・・・)

また逆に、各団の抱える技術的 事情を吸い上げ、各団を調整したものがマネジメントとして反映されるということもなかった。

こういったキーパーソンの意思を反映させるように、仕事を主催 者側がこなせれば文句はないが、できない のなら合唱指揮者は必ず設置すべきである。

合唱指揮者であれば、本番当日にウォーミングアップが組み込まれていないタイムテーブルなど承認するわけがない。体制上の不備が明確であるのに、評価されるのは演奏する合唱団単体なのだということを忘れてもらっては困る。

今後は、合唱指揮者を必ず置き、少なくとも構成合唱団の技術的都合くらいは調整すべきだ。そして、主催者側は合唱指揮者のアドバイスを受け、特に準備期 間が少ない場合など、機動的なマネジメントを心がけるべきだろう。

3.について
これが一番問題なのだが、今までの主催者側が手がけ てきただろう、合唱団を必要とする諸々の群響演奏会を基準とする小さな思考を、事業団も群響自身もそろそろキレイさっぱり捨て去られてはどうだろうか。

そりゃ、いろんな演奏会を経験してきたのだろう。しかし二つとして同じ現場や演奏はあり得ないのである。今回のコーラスファンタジアを、過去の演奏会の一つに 当てはめて考えようとすることが大きな間違いなのだ。

群響合唱団という、合唱指揮者がその存在価値を発揮している組織がついているから日頃は気遣いがないのだろうが、外部の合唱団との共演時には、余りにも小さい枠にこだわり過ぎのように感じた。

合唱団の合同練習をたった二回で(しかも、内一回は本番前日開催)済まそうとしたり、本番直前に合唱団全体としての十分なチューニングの時間を確保しな かったことなどは、主催者側が合唱に対して深く考えていない証拠である。

じゃぁ、お前らは主催者側にはちゃんと意見してるわけ?と反問されるだろうが、当然、意見は電話やメールでうるさいほどに(?)ぶつけてきた。受け入れられないから、仕方なく、前橋男声だけで、早い時間に集まってアップを始めたのだから。

それと、もう一つ。「現場合わせ」という言葉。残念ながら、この言葉が一人歩きをしてしまっていて、担当者がマネジメントの詳細検討をサボる格好の材料 にされているのだ。

まぁ、役所的な陋習とでも言 おうか、過去の実施例による呪縛とでも言おうか、とにかく、それに縛られる限り、果てしなく「やっつけ仕事」が税金により再生産され、(主催者側は「やっ つけ仕事」とは全く思っていないことが大体において痛いのだが・・・)文化の根幹である「創造」からはほど遠いことだけは間違いない。

良質な演奏を引き出 せない、(少なくとも引き出そうとしない)マネジメントほど、見ていて口惜しいものはない。

「感覚は欺かない。判断が欺くのだ。」というゲーテの言葉 がある。

本来鋭く真実を見据える能力を持つ我々の感覚をもっと信じよう。そして、それを鈍くさせる世間向けの体裁や損得勘定でつまらない判断を下してしまう我々。これらから解き放たれ、自由に羽ばたきたいものだと切に願う。

 

 

 

 


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 Posted by at 21:57

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