11月 012004
 

前橋男声合唱団では、毎回正味3時間の練習時間の中に、1時間という発声練習の時間を割いている。
発声練習は、合唱団員としてのルーティンワーク であり、芸術表現の道具としての声を磨き鍛えるという、
合唱にとって最も大事な作業の一工程であると言える。

だが、合唱というと声楽的技法が全てのように 論じられがちで、
それが日頃の一般合唱団の練習の中で闇雲に実践される傾向にあると、日頃感じているのは私だけではないだろう。
そもそも合唱とは読んで字 の如く、「合」わせて「唱」うことである。
この「合」と「唱」の両分野のそれぞれに、具体的な技術論が確立されて然るべきなのではないだろうか。

 私は、合唱を通して音楽の高みを目指すために修練すべき能力は、要約すると次の2項目にまとめられるのではないかと考えている。

 1.声楽的に自在の音を表現する力
 2.演奏状況の瞬間瞬間を聴取・把握し、臨機応変に修正する力

大別して1.は「唱」に関する技術で、2.が「合」に関する技術とでも言えようか。具体的には、
1.は、まさしく声楽的技法そのもの。
2.は、ピッチの高低や音色などを瞬時に聴き分け、テンポやピッチがずれたときに、どのように補正すべきかを判断する力である。

 こうして考えると、我々が練習毎に打ち込んでいるところの発声やら呼吸は、
1.に属するわけで、合唱をするために修練すべき能力の、一部分に過ぎないこ とがわかる。
だから、もっともっと2.に、目を向けるべきなのではないかと思うのである。

たとえば、”A”という人間が、抜きんでて秀でた声の持ち主であ り、ある合唱団に属していたとしよう。
もし、その人間に2.の能力が備わっていなければ、
当然、ハーモニーのバランスは崩れ、合唱演奏に損害を与えること になってしまう。

声量が大きく、影響力の大きいメンバーなら尚更である。実はこれが、ソリストとして声楽的には優秀でも、
合唱団員として拙いという好例な のである。
こういう1.ばかり優秀な人間に限って、合唱団内では一目置かれた存在となり、
全体のハーモニーの障害となっていることに、本人だけでなく指揮 者でさえ気がつかないことがあるものなのだ。

ただ、具合の悪いことに、(ここが厄介な話なのだが)1.及び2.それぞれが独立事象というわけではなく、
むしろ、2.の能力は1.がある程度会得され ていないと、
効果を発揮し得ない性格のものであることに注意をしなければならない。

たとえば、演奏中にピッチがずれていたのを本人が感知しても、それを修 正可能な技術を身につけていなければ、
折角の2.の能力は意味を為さなくなってしまうという事なのだ。
こういう特殊事情が故に、場合によっては、良い声至 上主義に陥り、
前述の例では”A”という合唱団員をますます増長させ、団の環境を悪化させる結果を生んでしまうなんてことは、
世の中の合唱団ではありふれ た話なのではないか。

もちろん、演奏機会を数多く経験することができ、修羅場(?)もある程度くぐり抜けていけば、
この2.の能力は高まることだろう。
でも、それは、元々、 2.に素養のある人々の話である。そうでない人にはどうするか…
個人の育ってきた生活環境や文化的環境がこれらに与える影響は大きいとはいえ、
その相関グ ラフは必ずしも右上がりではなく、
単に合唱の訓練方法の定番である1.が、やっと2.の能力を引き出す補助をしている…
というのが現状なのではないだろう か?

私が主張したいのは、合唱技術のポピュラーな訓練法として定着している、い
わゆる発声練習というものを、1.という枠だけにとどまらず、
2.の習得を明 確に目的化したものにすべきであるということである。

つまり、ソリストとしての声楽的技巧だけではなく、合唱を前提とした総合的な声楽的訓練手法の確立の 必要性である。
もちろん、発声猪突猛進型でも2.についてそれなりの成果は得られるだろうが、
指導者層がもっと2.を高めようと意識するのとしないのとで は、結果には必ず違いが出てくるものと思うのだ。

仕事に家庭に多忙の社会人合唱団が効率良い練習を企図するとき、
1.はもちろん、2.について日頃から鍛錬できるような方法はないものか、、、今後も考 えていきたいと思っている。

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 Posted by at 11:58

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