学生時代、合唱生活に足を踏み入れたばかりの頃、所属していたグリークラブの先輩から半ば厳命のように勧められた一曲があります。
「これは世界で一番深遠な音楽だから、必ず聴いておけ」
当時はまだCDプレーヤーも十分に普及しておらず、私はその一言に背中を押されるように機器を買い求め、何度も繰り返し聴きました。リヒャルト・シュトラウス晩年の傑作、《4つの最後の歌》です。
第一印象は「美しいが、難解」。和声は複雑で、不協和にすら感じられる箇所も多く、これまで親しんできたクラシック音楽とは明らかに異なる響きを持っていました。解説書を読めば、理屈としては理解できます。しかし「歌」として、身体に入ってこない。そんなもどかしさを抱えたまま、時間だけが過ぎていきました。
今振り返れば、その体験こそが重要だったのだと思います。ともすればクラシック音楽から距離を置きたくなるようなこの「わからなさ」を通過したからこそ、後年、音楽との関係が大きく、そして幸福な形で変化したのではないか。そう感じています。
若い頃には、音楽は「音」や「知識」として受け取るものに過ぎません。ところが、時を経て、それが自分自身の人生の「体験」と結びついた瞬間、同じ楽曲が驚くほどの説得力をもって迫ってくることがあります。
なぜ、年を重ねると音楽の聴こえ方が変わるのでしょうか。
ありふれた話だと言われるかもしれませんが、少し整理して考えてみたいと思います。
若い頃は言葉の表面的な意味(「悲しい」「好きだ」などに目が行きがち)しか捉えられませんが、人生の酸いも甘いも経験すると、その言葉の裏にある「諦め」「覚悟」「静かな祈り」といった複雑な感情を、自分の記憶から補完して聴くことができるようになります。
2. 視点の変化(共感の対象が変わる)
例えば、かつては「親に反発する子の歌」に共感していたのが、いつの間にか「子を見守る親の歌」に涙するようになります。また、失恋の曲も、単なる悲しみではなく「相手の幸せを願う切なさ」として、より多層的に理解できるようになります。
3. 「時間の重み」を実感する
「二度と戻らない日々」や「永遠ではない命」を歌った曲は、実際に自分の持ち時間が減り、大切な人との別れを経験することで、初めて「自分事」として心に響くようになります。
4. 音楽的スキルの理解
若い頃は派手なサウンドを好みますが、年を重ねると、引き算の美学が光るシンプルな演奏や、歌手の「声の震え」に含まれる一瞬の感情に感動するようになります。
こうして、かつては「退屈だ」「古い」と感じていた曲が、いつしか「自分の人生を肯定してくれる戦友」のような存在へと変わっていく。音楽には、そんな力があるのだと思います。
冒頭に触れた《4つの最後の歌》、そして終曲《夕映えの中で(Im Abendrot)》。今の私は、この作品に心からの感動を覚えています。
この曲は、シュトラウスが84歳、死を目前にして書いた、いわば白鳥の歌です。若い頃には、そのあまりにも豊麗で穏やかな旋律が、どこか現実味のない「美しいだけの音楽」に聴こえるかもしれません。しかし今感じているのは、単なる鑑賞を超えた、ほとんど「魂の共鳴」と呼びたくなる感覚です。
O weiter, stiller Friede!(おお、広大で、静かな平和よ!)
So tief im Abendrot.(この夕映えのなか、深く、)
Wie sind wir wandermüde–(私たちは歩き疲れてしまった――)
Ist dies etwa der Tod?(これが、もしや死なのだろうか?)
この「歩き疲れた(wandermüde)」という感覚は、相当の年月を生き、さまざまな痛みや別れを経験して初めて、実感を伴って理解できる言葉ではないでしょうか。男声合唱を続ける中で、多くの歌の友を見送ってきた今、この一節は胸に深く沈み込みます。
シュトラウスはこの曲を書く際、長年連れ添った妻パウリーネの手を引いて歩く自分たちの姿を重ねていたと言われます。ここで描かれる死は、恐怖や断絶ではなく、「長い一日の終わりに訪れる、深い眠りのような安らぎ」です。それは、先に逝く者が後に残る者へ示す、最後の穏やかな背中なのかもしれません。
2025年の今、改めて名唱を聴き返してみてください。例えば、エリーザベト・シュヴァルツコップの録音。オーケストラの低音の上に浮かび上がるフルートの二羽のヒバリが、寄り添う魂のように響いてくるはずです。
死へと向かう時間は、決して喪失だけではありません。この作品が示すように、それは人生のすべての重荷を下ろし、黄金色の光の中へ溶け込んでいく、究極の浄化のプロセスでもあるのです。
だからこそ、若い頃に先輩たちから繰り返し言われた言葉――
「今はわからなくてもいい。たくさん本を読み、音楽を聴き、芸術に触れておけ」
その意味を、今になって痛感しています。
若い人たちには、シニア男声合唱団ブロガーの繰り言にしか聞こえないかもしれません。それでも私は、同じ言葉を心から勧めたいと思うのです。音楽は、人生のとある瞬間に、必ずこちらを迎えに来てくれるのですから。
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