なぜ合唱は高尚な趣味と受け取られがちなの?

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なぜ合唱は高尚な趣味だと受け取られることが多いのでしょうか。そんなことを考えたことはありませんか?筆者はかつて、合唱を趣味としていることをなかなか広言できない時期がありました。就職してゴルフやテニスなど、キラキラしたコミュニティに身を投じる同期の中で、我が道を行く私でしたが、やはりどこか言い出せない部分があったのです。

また合唱は「お金のかからない趣味」の代表格ともいえる側面があります。楽器も要らず、場所も工夫次第、声という自分の身体ひとつで始められる。一方で、なぜか「高尚」な趣味として見られがちです。その理由にはいくつかの要素が考えられそうです。

1.西洋音楽=クラシックのイメージが強い
多くの人が「合唱」と聞いて思い浮かべるのは、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンなどの宗教曲やクラシック音楽です。これらは伝統的に教会やコンサートホールで演奏され、格式や歴史の厚みがあるため、「敷居が高い」「高尚」と誤解されやすいのです。

2.教育的な場での経験が影響している
日本では小中学校で合唱を経験する人が多いですが、その際に「きちんと姿勢を正して」「音楽的教養を身につける」というスタンスで教わることが多いため、「お行儀の良い文化活動」という印象がつきやすいです。

3.言葉とハーモニーが「精神性」を感じさせる
合唱は詩(言葉)を音楽に乗せて歌います。しかも、それが複数人の声で重なり、美しいハーモニーになる。これが「人間の精神的な営み」や「崇高さ」を感じさせ、「高尚」と映る原因になっているのでしょう。

4.参加者の年齢層や社会的背景
実際に合唱団に参加している人々が、知的好奇心の強い層や、文化的関心の高い層に偏っていることも影響しています。特に男声合唱団は、医師・教員・会社員OBなど「インテリ」と見られる職業の方も多い傾向があり、「合唱=文化的・知的活動」と映るのかもしれません。

5.自己表現より協調が求められる
ソロ歌唱と異なり、合唱は「自分を抑えて全体と調和する」ことが重要です。この協調性・献身性・集団美が、「精神的に成熟した趣味」という印象を与える可能性があります。

でも本当は……

「合唱は究極のDIY芸術」ではないでしょうか。
身体一つ、口一つで、集まって歌う。ただそれだけで、笑えて、泣けて、深くつながれる。その「安上がりな贅沢」が、逆に「高尚」なイメージにつながっているのかもしれません。

「合唱って安上がりなのに、なぜか高尚に見られるんですよ。多分、譜面を開いてると難しそうに見えるからですね。実際は“ド”がどこか探してるだけなのに。」

↑これは半分冗談で半分は真実です!(笑)

なんだかんだで、音楽を趣味とするのは体力が必要だと痛感するのですよね、、、トシだからかもですけど。とにかく、自分の視点を大切にしながら、堂々と「楽しいからやってるだけです」と言えるのがカッコ良くて、いちばん「高尚」と言えるのかもしれませんね!

 

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