[第三部]地域の合唱団は、誰のものなのか

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残暑お見舞い申し上げます。
お盆休みの長期休暇中の方も多かろう時分ですね。そんな中、群馬の片田舎の男声合唱団のブログを御覧いただきありがとうございます。

さて、本シリーズですが、第一部では、合唱を「消費する」という、少々刺激的な言葉を使って、団員一人ひとりの行動様式について考えてみました。
第二部では、そうした変化の背景の一つとして、近年広がってきた「企画合唱団」という活動形態について考えてみました。

ここまで書いてきて、改めて気になっていることがあります。それは、「地域の合唱団とは、いったい誰のものなのだろう」ということです。

ただ、今回はまだ、その問いに直接答えようというわけではありません。その問いを考えるための前提として、まず「地域全体」という視点から、合唱団というものを少し眺めてみたいと思います。

ここでいう「地域の合唱団」とは、単に、その地域に住んでいる人たちが集まっている団体という意味ではありません。長い年月をかけて地域の中に存在し、団員が入れ替わりながら活動を続け、演奏会を開き、地域の行事に参加し、ときには学校や施設などで演奏する。そうした活動を積み重ねながら、その土地の合唱文化の一部になっている団体を、私はイメージしています。

そして、たびたび登場する「地域」も、必ずしも市町村などの行政区域を指しているわけではありません。日常的に人が行き来し、複数の合唱団が活動し、指揮者やピアニスト、会場などを共有しながら、一つの合唱圏を形成しているような範囲です。

もちろん、企画合唱団のように、特定の作品を歌いたい人が地域を越えて集まる活動もあれば、特定の指揮者のもとで音楽を学ぶことを目的とする団体があってもいい。そうした多様な活動が存在することは、合唱界にとって健全なことだと思います。

問題は、そこから先です。

人口が増え、合唱人口も増えていた時代であれば、多少新しい団体が生まれたところで、それほど大きな問題にはならなかったのかもしれません。

新しい団体ができれば、新しい人が集まる。団体が一つ増えれば、その分だけ合唱の輪も広がる。そんな時代だったのでしょう。

しかし、今はどうでしょうか。人口は減っています。若い世代も減っています。当然、合唱をする人の数だって、永遠に増え続けるわけではありません。

そうした中で、ある地域に新しい合唱団ができたとします。そこに新しい人が集まるのであれば、何の問題もありません。ところが、実際にはそう簡単ではない。

既存の合唱団で歌っていた人が、新しい団体へ移ることもあります。あるいは、複数の団体を掛け持ちする人が増えることもあるでしょう。それ自体を悪いことだと言うつもりはありません。

人には、それぞれ歌いたい音楽があります。一人ひとりが自分に合った場所を選ぶ自由も、当然あります。ただ、ここで一つの疑問が生まれます。

それは、地域全体として見たときにも、本当に「合唱が盛んになった」と本当に言えるのかという疑問です。

新しい団体が一つできた。そこに20人集まった。しかし、その20人の多くが、もともと地域の別の合唱団で歌っていた人たちだったとしたら。

団体の数は増えています。活動の数も増えています。けれども、地域全体の合唱人口が増えたわけではありません。場合によっては、ある団体から別の団体へ、人が移動しただけということもあり得ます。

これは、その団体にとっては活動の充実や団勢の拡大と言えるのかもしれません。しかし、地域全体を俯瞰して見たときには、少し違った景色が見えてくるのではないでしょうか。

ここで、既存の地域合唱団が持っているものについても考えてみたいと思います。

長く活動してきた合唱団には、それまで積み重ねてきた演奏の記録があります。地域の学校や施設、自治体や地域行事などとのつながりを持っている団体もあるでしょう。初心者が初めて合唱に触れる場になってきた団体もあるかもしれません。

そして何より、何十年にもわたって歌い続けてきた人たちがいる。こうしたものは、団員数や演奏会の回数だけでは測ることのできない、地域の文化資産なのではないでしょうか。

もちろん、古くからあるから価値がある、という単純な話ではありません。時代に合わなくなり、役割を終える団体があっても不思議ではありません。逆に、新しく生まれた団体が、それまでになかった魅力を地域にもたらすこともあるでしょう。

だからこそ、単純に「新しいものが良く、古いものが悪い」という話ではないのです。

私が気になっているのは、その新陳代謝が、地域全体にとってどのような結果をもたらしているのか、ということです。

新しい合唱団が生まれる。そこに人が集まる。
その一方で、長年活動してきた団体から人が減っていく。やがて、その団体の活動が難しくなる。

もし、そんなことが繰り返されているのだとしたら、私たちは「新しい合唱団ができた」という一つ一つの出来事だけを見ていてはいけないのではないでしょうか。

一つひとつの団体が、それぞれの理念に基づいて活動する。それは当然のことです。しかし、それぞれの団体が自分たちの活動を充実させることと、地域全体の合唱文化が豊かになることは、必ずしも同じではありません。

私はここに、「地域」という視点が必要なのではないかと思うのです。

人口が減り続ける時代においては、「新しい合唱団ができること」と、「地域の合唱文化が豊かになること」が、本当に同じなのか。一度立ち止まって考えてみる必要があるのではないでしょうか。

そして、これは合唱界だけの問題ではないように思います。

人口が増えていた時代には、まちが外へ広がっていくことは、発展そのものでした。新しい住宅地ができ、新しい商業施設ができ、新しい道路ができる。都市が拡大していくこと自体が、豊かさの象徴だった時代です。しかし、人口が減る時代になった今、同じ考え方を続けていてよいのか。むしろ、今あるものをどう生かし、どうつなぎ、どう持続させていくのか。

都市政策の世界では、すでにそうした発想への転換が始まって久しいものがあります。そして私は、このことを考えているうちに、合唱界にもどこか似た構図があるのではないかと思うようになりました。

次回は、少し視点を変えて、「都市」と「合唱団」を並べて考えてみたいと思います。


※関連記事

[第一部]合唱は、いつから「消費」されるものになったのか

[第二部]「常設合唱団」という言葉が生まれた時代

[第四部]それでも、人はなぜ既存の合唱団を離れるのか

[第五部]「合唱の振興」とは、何を振興することなのか

 

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