法関OB交歓演奏会(その3)

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6月 132010
 

<第三ステージ 二群の男声合唱とピアノのための「路標のうた」>
(演奏:合同演奏 指揮:田中信昭 ピアノ:篠田昌伸)

<第四ステージ 合唱のためのコンポジションIII> (演奏:合同演奏 指揮:田中信昭)

故岩城宏之氏の著書「フィルハーモニーの風景」の中に、
岩城がヘルベルト・フォン・カラヤンに直接指導を受けた際のエピソードが紹介されている。

以下一部引用。
「ドライヴしてはいけない。オーケストラをキャリーしろ」

これは、そのとき、岩城氏がカラヤンから受けたアドバイスのくだりである。

『当時のぼくにはよくわからなかったが、最近少し理解できるようになったような気がする。カラヤンは指揮を乗馬にたとえたのだった。 馬に跨り手綱を引締め、どの瞬間も馬をコントロールし続け、自分の意思の通り馬を動かす。これをカラヤンは『ドライヴ』と言っている。 反対に手綱を緩め馬を自由にさせてやる。馬は乗り手の存在を忘れ、自分が行きたい方へ好きなスピードで進む。しかし本当は完全に乗り手に統御されている。指揮とはこうあるべきだとカラヤンは言ったわけである。』

本演奏会の後半は、田中信昭氏が前半の二人の指揮者との格の違いを見せることになった。
まさに、合唱団をキャリーしていたのだから。

この「路標のうた」は1986年の法関交歓演奏会が初演。
確か場所は浅草公会堂だったか、当時駆け出しの私もその会場の隅でステージを見つめていたのだった。
アンコールもやはり「路標のうた」だったなぁ・・・。

10分にも満たない曲なのであるが、木島始の書き下ろしの詩に三善晃が曲をつけ、
両校の交歓演奏会の切なさに重なってゆく佳曲である。

それは、詩の冒頭部にもあらわれている。
当時、遠くはるばるきた人は、もちろん、関大グリーということであった。

「遠くはるばるきた人の目は 我が身のゆがみ 映す鏡 遠くはるばるきた人は 身内にはない 鈴を鳴らす ・・・(以下略)」

今回両ステージの前に、田中氏から親しくマイクを握っての解説があった。
過去にも、このような趣向があったのを記憶している。

田中先生練では、メンバー個人を特定して、名指しで修正させることもあったようだ。
「指揮を見るな」などという指示もあったと聞く。

もちろん、一見過激なセリフではあるが、
練習の中の文脈を知る者でなければ、 めったなコメントは出来ないだろうし、
それを切り取って皮相的に受け取ることを拒絶するニュアンスが、既に込められていることを、
合唱を少しででもかじった者であれば、感知させるには十分なフレーズである。

そして、メンバーの特性を熟知した上で、本番で合唱団をキャリーすべく、
そここそが練習運営の機微を知り尽くした指揮者の真骨頂なのだろう。

それから、四ステの「コンポIII」。
全体での合せは一回だけだったのだと、田中氏は仰せであったが、
昔から、和声的には、詰めが甘いところがあるのを私は知っている。
(そういう土俵ではないのだから!)

直近で聴いた昨年の東西四連の合同演奏(指揮:佐藤正浩)のスタイリッシュな演奏と比べれば、
音色やピッチなどについても、さほど叩いて修正した跡がみられない。
これも、先述の通り想定内でもあり驚くに値しないのだが、
あらためて、合唱哲学の深遠さと田中ワールドが相変わらず健在であることに嬉しくなったのだ。

皮肉でも何でもなく、音楽的に大変勉強になり、収穫の多い演奏会であった。
(もちろん「その2」で批判的に記した前半2ステージも含めてである)

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2010年5月22日(土)通常練習

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6月 092010
 

■練習場所 前橋中央公民館(46スタジオ)
■出席人数17名(T1:4 T:4 B1:4 B2:5)出席率63%

既に賞味期限の切れつつある3週以上前の練習日誌ではあるが、
出席人数等、備忘録的な意味も含めて記しておく。

今日も、新曲「美しき狼たち」を中心に歌う。

以前も記したことがあるが、1パート4人を境に、パートの声がまとまってくる気がする。
別に4人未満でも不可能ではないが、格段に困難を伴うように思える。

ピッチもそうだが、音色のズレというものは合唱にとって致命的だ。
そのズレを修正しやすくなるのは4人以上だと私は思っている。
(もちろん、4人以上になることで逆に困難になるパラメターも確かに存在するが)

県連連盟主催のアンサンブルコンテストに参加できるグループの、
人数上限が16人に設定されているのも、1パート4人を想定してのことと、私は受け止めている。

それ以下の、困難を伴う条件下で、いかにアンサンブルを競うか。
ただ単に力量を持つものを掻き集めただけでは超えられない峠がそこにはあるのだ。

以前のエントリで、出席率低下を嘆いたが、コアなメンバーはほぼ全出席でいてくれる。
これが心強い。

たとえ、他のメンバーが何度か通常練習から離れていても、
核心部に灯り続ける火を守り、盛り立ててくれる。

「男なら戦う時がくる・・・」 あぁ、まさに今がその時。
子どもたちが夏休みを迎えるその日まで、死のロード(?)が続くだろうが、
それまでには、いろんな事をやっつけねばなるまい。

■連絡事項 (事務局より)
・次回練習は5月29日。今度は練習場所をまた生涯学習センターに戻すので注意。(←お間違いなく)

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法関OB交歓演奏会(その2)

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6月 052010
 

 100530_1
<第一ステージ>男声合唱による日本抒情歌曲集より
(演奏:法政大学アリオンコールOB 指揮:酒井威志 ピアノ:篠田昌伸)

およそ勝負事というものは、相手に自分の意図を強制的に飲ませることにある。
それには、いかに、自分の土俵に相手を引き込んで決着を付けられるかが鍵になるだろう。

交歓演奏会というものは勝負事ではないのだが、
まさに学生の現役時代、 血気盛んな若者達は、表向きは冷静を装いながらも、対抗心をたぎらせ、
真剣勝負さながらの気概で交歓演奏会本番に臨んでいたように記憶している。

編曲者の林光とアリオンコールとは、委嘱作品数点の初演を手がけるなど、縁がないわけではない。
もっと言えば、毎年の定期演奏会において、クラシカルな合唱曲をほぼ毎回取り上げており、
決して 演奏機会に乏しいわけではないのである。

しかし、4〜5年毎に(場合によってはそれ以下)、同じ現代曲を歌い回す傾向もあり、
おそらく在団中に一度は歌唱機会が巡ってきて、OBにとって組みしやすい共通の曲があるはずである。

これは私の思い込みであるのだが、アリオンは、そここそが自らの土俵であったのではないかと。
お馴染みで懐かしいラインナップが次から次へと奏でられ、会場内がみずみずしさに包まれるようだ。
かつて男声版が入手困難な頃やむなく混声版を改編して歌ったという、私にとっては訳ありの曲集でもある。

寄り添うピアノは、繊細で、時には強くしなやかに合唱をいざなう。
しかし、トップをあまりスピントさせず、単パートが露わになると音色の統一感がもう一つであったことで、
私の興味は、指揮者の鼎の軽重に 移らざるを得ない状況となっていったのだ。

さて、指揮者の酒井威志氏を私は初めて聴くのだが、 「法政大学アリオンコールトレーナー」、
それからこの「OB合唱団指揮者」という肩書きがあり、 田中信昭氏の信任も厚い様子で、
その後継者候補の筆頭ということなのだろうか。

その酒井氏、音楽大学出身ということもあってか、基本に忠実な指揮で、
決して大振りせず、コンパクトで端正な棒さばきである。
しかし、その分、このような抒情的な日本歌曲の曲中にある上気するほどの場面でも、
どこか他人事のような進行ぶりで、音楽に耽溺し切れないのだ。

途中、指揮棒をふるいながらも、左手で自らの後ろ上方(客席の二階席方向)を時折指差し、
メンバーを督励する場面が何度か見られたが、そのくせ指揮がexpressivoの指示を体現しきれない様子。

私の直観を毎度毎度、上から目線から垂れ流すようで恐縮であるが、
大変失礼ながらも、氏はあまり男声合唱をご存じない、乃至は体験が希薄なのではないか。
男声合唱の指揮をする上で心得るべき独特の聴かせどころというかツボというもの・・・
これらが押さえられていない・・・そのように感じられ残念であった。

ピアニストの気鋭、篠田昌伸氏は出色。
確かな技術と、音色に煌めきと艶がある。
終始、アリオンの演奏を引き立ての好演は印象に残った。

<第二ステージ>男声合唱組曲「富士山」>
(演奏:関西大学グリークラブOB 指揮:下井田秀明)

難曲である。テナー殺しと人は言う。
とはいえ、男声合唱愛好者にとっては垂涎の一曲であり、
その名のとおり、日本における男声合唱の最高峰の一つであることは衆目一致するところではないか。

富士山は、生半可な装備での登山者を拒むようなところがある。
実際の富士山も、この組曲「富士山」もだ。

折しもエールを聴く限り、関大パーティーは、十分な装備のもと、
いずれその頂を極めるだろうと予感していたものだ。
しかし、それに反し、関大パーティーの一行は意外にも、その山行に難儀することになる。

西の「千里エコー」と東の「EAST合唱団」という二つの合唱団(いずれもOB合唱団)が合同し、
核となって、この日の関大グリーOBを形成しているという特殊事情もあり、
練習時間を共有する機会に恵まれなかったものと想像するが、
これも同じ釜の飯を食った遺伝子のなせる業か、各パートの音色の統一感は抜群であった。

特にベース系のユニゾンは一級品だ。
あのような均整のとれた倍音豊かなユニゾンは久しぶりに耳にした。
先回のエントリで述べた、「水墨集」の録音での響きを彷彿とさせる。

「土堤の下のうまごやしの原に」 「ズーンともだす・・・」 いやはや、ほんと腹の底に響きましたぜ。

関西学院グリークラブを一時凌ぐほどの実力を誇った関大グリー。
重厚で強固なベース系の上に、光彩色豊かなテナー系が乗っかる構造は昔のままだ。
音楽は、時代を超えて意識の中を駆け抜けるものなのかも知れない。

この「富士山」にはチェックポイントのような難所が存在する。
小曲を歌い進むに連れ、幾つものチェックポイントが散りばめられ、
まるで歌い手が、有資格者であるか否かを何度も何度も試そうとしているようだ。

さすがに、この大曲を前にして特に後半、OBメンバーの集中力は途切れがちになるのか、
このチェックポイントで精彩を欠くという場面がまま見られたのは致し方ないが、
その対策を講じた努力の跡があまりいまひとつ感じられなかったのはどうしたことか。

その対策が有効でなかったのか、それとも最初から対策しようとしなかったのか。
多くのメンバーを道案内するのに、下見もしていなかったというのだろうか。

かつて通った登山道も、時が経てば崩壊し、道順さえ変わっているかも知れないのにだ。
そういう意味で、引率者たる指揮者の実力に疑問符をつけざるを得ないというのが、
私の偽らざる感想だ。

小曲五曲のテンポ設定にあまり差がなく、または楽譜指定より若干早めの設定という解釈だが、
結果として、合唱組曲に奥行きを与えられなかったのは残念である。
しかも、その先に何かがあるわけでなく、実際何もなかったのだから。

このような一級品ぞろいの逸材を前に、なぜに料理をしようとしないのだろう!?
また、終始指揮がバウンドするので、曲調に落ち着きが無くなり、徐々にブレスが浅くなる。
その結果、フレーズ感を削ぎ、合唱から彩りを奪っていたように感じた。

最前列で歌っていたバリトンのメンバーなど、途中からブレスが上がってきて、
指揮の弾みと顎の先とが同期してしまっていた。

おそらくは、指揮者人事に学生時代の完全な序列社会が持ち込まれているのだと想像するが、
そのようなシガラミの中、実力のない者が淘汰されないというシステム。
純粋に合唱を楽しみたい部外者にとっては、一番に改革して欲しい所だと願わずにはいられない。

などと、またまた他人様の演奏について大上段から振り下ろしてしまったが、
歌い終えた後のメンバーたちの笑顔を見ていると、そんな事はどうでもよくなってくる私だった。

第一ステージにせよ第二ステージにせよ、かつての歴戦の勇士たちを前に、
この世のあらゆるOB合唱団の可能性と限界というもの・・・、
そして、そのメリットに対する賛辞とデメリットに対する諦念というものが交錯する。

それは、私がOB合唱団演奏会を聴く際に、毎度抱かざるを得ない正直な感慨なのである。
(つづく)

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 Posted by at 09:46

法関OB交歓演奏会(その1)

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6月 022010
 

 100530_2
◆日時 2010年5月30日(日)14時開演
◆場所 北とぴあ・さくらホール

掲題の演奏会であるが、
正式名称は、 「法政大学アリオンコールOB 関西大学グリークラブOB 交歓演奏会」である。

このところ、演奏会に足を運ぶ機会に乏しかったのだが、
なんと前橋男声合唱団団員三名が、このコンサートにオンステしているという縁もあって、
五月末の日曜日午後に急遽上京したのだった。

1960年(昭和35年)に始まった、両校による交歓演奏会。
今年で43回目を迎えるという歴史のある男声合唱演奏会である。
そのOB合唱団同士による交歓演奏会が、このたび初めて行われたということなのだ。

演奏会会場は、東京都北区・北とぴあ=さくらホール。
残響豊かな好会場である。

開演に先立ち両校OBのエール交換。関大OB→法政OBの順。
(以下、「OB」は省略)
関大のエールをこうして聴くのは22年ぶりであることが、本稿執筆時に判明した。

関大グリーといえば、男声合唱組曲「水墨集」の録音が有名であり、私の愛聴する一曲である。
今までに何百回、何千回と聴いたか分からないほどだ。

実際のハーモニーに耳を傾ければ、その録音と同じ音色が期待通りに目の前に広がる・・・。
芳醇さが色濃く漂い、堅牢なベース系の響きを特徴としたそのトーンは、 正統色が強く、
苦味走った男声合唱の構成美というものを否応なく見せつけてくる。

法政も負けてはいない。
東京混声合唱団の桂冠指揮者である田中信昭氏が率いて丸54年。
アリオンコールは、新たな合唱音楽のの創造に対し、常に高い評価を得続けてきた。

西洋から発したオペラや合唱曲のための発声とは一線を画し、
声明 (しょうみょう)、能楽、あるいは風俗歌などに題材をとり、
普遍的な声を目指し、大学合唱団の中でも異色であるのは今も変わらない。

無調性色の強い現代合唱曲に取り組んできたこともあり、
通常のカデンツが不得意なのだと揶揄されることもあったが、
しかし、この日のエールは堂々たるものであった。

私には東京六大学合唱連盟演奏会でのバージョンがすっかりお馴染みになっていたが、
今回は、一番を演奏後冒頭に戻っていた。(定演ではこのパターンでしたっけ?)

誤解を覚悟の上で書くのだが、確かにアリオンによる長三和音は新鮮である。
今日初めてアリオンを聴く方には、スッと胃袋に落ち込んだに違いない。

しかし、我々のような長年アリオンを聴いてきた面々には、
長年付き合ってきた友人の意外な一面を今日初めて仄聞したような、
ある種、狐につままれたような気分になったものだ。
そういう向きは、会場内に少なくなかったのではないか?
私にとっては、テンションの上がるオープニングであった。 (その2へつづく)

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 Posted by at 20:45
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