群馬県合唱祭に参加しました!

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6月 292002
 


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指揮者、W杯観戦で練習サボ説浮上?

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6月 152002
 

練習日誌でも既報のとお り、6月12日(水)の練習を指揮者は欠席している。

当日はW杯サッカーの1次リーグで、大きな動きがあった。
15時半からの試合で優勝候補の一角、アル ゼンチンがスウェーデンに敗れ、1次リーグ敗退が決まったのだ。

とある筋からの情報によれば、指揮者はパラグアイのGKチラベルトのファンらしい。
どうやら、20時半キッ クオフのパラグアイ×スロベニア戦をこっそり観戦していたようである。
観戦の甲斐あって、パラグアイはスロベニアに勝って決勝トーナメント進出を決めた。 

さすがは、ゲテモノ好きの指揮者ではある・・・。(以上、単なる憶測かも・・・)

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群馬県合唱祭・出演時間決まる!!

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6月 052002
 

このたび、合唱祭事務局 から、6月23日(日)に行われる群馬県合唱祭のタイムテーブルが送付されてきた。

前橋男声合唱団の出演時間は11時12分である。
会場は、10人に声を かければ1人は外国人という、群馬県大泉町にある文化むらホール。
前橋男声にとっては昨年秋に新体制に移行して以来、初めてのお披露目となる。

以前は前団 長による歌声が団を引っ張っていた感のある小団であるが、
目立った力量を持った者はいないが総合力で勝負する(したい)団に変貌を遂げてきたように思う。

時節柄サッカーにたとえれば、個人技のブラジル(セネガル?)から組織力の日本といったところか??

それでは、皆様、6月23日は11時12分に、「大泉 町の文化むら」ですぞ!!
別に、日本代表のジャージは着てこなくていいです・・・!?

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合唱エキスパートの欠乏(その3)

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6月 032002
 

○「楽」と「楽しい」の差・・・(またこの話かよ) 

もう何年か前の話になるが、とある2つの合唱団の合同演奏会の何ステージ目かで、
お姫様のようなドレスで着飾った女性指揮者が登場し、曲が始まるとやおら振 り返り、
「え~でるわぁーい・・・」とエーデルワイスの歌を歌い出すのを見て
開いた口が塞がらなかったことを強烈に記憶している。

バックの合唱団員のおば さま方も、妙な衣装をまとい、
そりゃもう小娘よろしくハミングしながらウキウキであった。
「うわっ・・・さぶ・・・」一体、聴衆を・・・そして合唱を何だ と思っとるんだろうかっ!?

別にその発声の拙さとかおばさんの若づくりに怒っているのではない。
楽しく歌いたいのはわかる。
しかし、自分達が楽しければ何 でもいいのか。
歌い手が楽しければ、聴き手は必ず楽しいとお思いなのだろうか。

この演奏会における特殊な出来事であったのならいざ知らず、
こういった傲慢 な趣向(?)のステージは多いものだ。
「何をしたってあたし達の勝手でしょ!!」と凄むおばさま達が目に浮かぶようだが、
こういうステージを企画する合唱 指導者が多いのでは、合唱界の将来はひじょうに暗いと思うのは私だけだろうか。 

今 年2月にソルトレーク冬季五輪があったが、その中で敢闘した選手へのインタビューの答えには、
「・・・楽しめました・・・」というくだりが必ずと言ってい いほど含まれていた。
世界中から選抜されたこういった人達は、あの華々しい五輪の舞台の裏では血と汗と涙が滲む努力をしているものだ。
本当の楽しさとはこ ういうことなのではないか??

以上のように考えると、前にもこの話題について記したが、「
楽しさ」と「楽」を履き違える輩が、合唱界には実に多い気がする のだ。
きっとこれを読んでいるあなたにはあてはまらないでしょうけどね。

歌い手だけならまだマシだが、指導者側が率先しているのだから目を覆いたくなる。 

○そし て悪循環 

このよ うに、問題点は複雑に絡みあっている。合唱環境の悪化は、人々の関心を合唱から遠ざけ、
ますます集う仲間が減っていくという悪循環を招くことになる。
そし て、合唱に賭けた様々な思いや情熱は、やがて抜け落ちた枯れ葉のように螺旋階段を舞い落ちていく。

このままでは合唱はローカル化、小規模化していくことは 避けられまい。
景気の低迷と時を同じくして群馬だけではなく、
全国のアマチュア合唱界は目には見えないデフレスパイラルを急降下しているのである。

 ○関係 機関の無為無策 

文化行 政所管の教育委員会は、神の見えざる手よろしく、放任主義である。
小泉首相にも「聖域無き構造改革」の号令のもと、こちらにも改革のメスを入れていただい てはいかがだろう?? 

そもそ も、民間対民間の些事には介入しない・・・、これ役所の鉄則である。
しかし、アマチュア合唱界の窮状について知っているのか知らないのか、行政担当者はな ぜか無関心である。
本当に芸術を振興する気があるのか疑問だ。

それとも、群響(群馬交響楽団)だけで手一杯なのかそれだけで充分と思っているのか・・・。 
市町村の教育委員会も喜んで外国からオケを呼んだりしているが、本来芸術の本分である「創造」する仕事や、
「技術的な領域」には無頓着なのはなぜだろう か・・・。

最近ようやく本格化した生涯学習でも、合唱に関するメニューは無いに等しい。
これこそエキスパートの不在を裏付ける好例なのである。

 唯一の 頼みである合唱連盟が毎年の定期的なイベントに身を粉にしているのは知っている。
だが、合唱の将来ビジョンについて、傘下の合唱団任せにしておくだけでな く、
主体的に議論を始め、身に染みて考えなければならない時期に来ているのではないか。

自分たちがこれからも合唱を楽しんでいこうとするならば、若年層を 集めることが焦眉の急となるのは論を待たない。
単なるイベント屋だったら誰にだって出来る。
どうせイベントを打つのだったら、合唱を今までとは違った角度 からスポットを当て、裸にしてしまうような・・・
何かメッセージ性の高いイベントが欲しいところだ。

これから生まれてくる子供達にも、素晴らしい音楽や合 唱に触れて欲しい。
また、自然にそれが可能な環境であって欲しいと切実に思う。
そういう社会を目指すため、連盟は行動を起こすべきだ。
そうでないと、連盟 の法人としての存在価値などなくなってしまうのではと危惧するのである。

はー いっ!!合唱コンクール出ますっ!!と手を挙げる・・・そりゃ、いい心懸けである。
見上げたモンだ・・・ただ、だったら真剣にやって欲しい。
ちゃんと、レ ポート用紙何枚もに書けるくらい、
コンクールのために選曲した曲について、勉強して欲しいのだ、センセ方に・・・!! 
優雅に夏休みしてんじゃねぇぞ!! (笑)

指導者にヤル気が無いのなら生徒が可哀想である!!
合唱はオケと違って中途半端なスタンスで充分楽しめるよ~♪・・・だなんていい加減な教育をされ ては、後々の世代が困る。
教育は国の礎・・・これは古今東西変わらぬのではないか??

それに、貴重な青春時代を浪費させないで頂きたい。さもないと、「あ の時間を返して」と訴えられますぞ~ 
それ と、いろんな曲集の委嘱もやりすぎ。文化ホールとか、道路とか、公園とか、、、いわゆるハコ物はもう沢山である。
こういうハードなんかよりソフトを見直す べきだ。

たとえば、あ、アカペラを練習したいな・・・って思い立った時に、
役所やホールのホームページをたどっていっても、会議室はたくさんあるのに、 「音楽練習」はできない場合が多い。
他の会議室は使ってないのだから騒音にはならないだろうと思うのだが、
音楽や合唱はちょっと・・・と、敬遠 される。

県庁なんか、不夜城みたく、照明ギラつかせながら一晩中立ってるけど、
あん中にゃ、合唱におあつらえ向きな広さの会議室が何十ってあ るのだ。
県民に開かれた県庁舎を標榜する割には、何の工夫もないとは言えまいか。 

とにか く、合唱は人が集まらねば話にならない。
それにはこの悪循環を勇気を奮って断ち切ることが肝要である。
遅まきながら21世紀の姿について議論を始めようで はないか。
それとも、こういう役所や法人に一縷の望みをかけること自体、骨折り損なことなのだろうか。

 取っつ きやすく、外見的にすぐれたものが好まれる。
コンビニ全盛で何もかもがいつでも手に入る。こんな時代である。
快楽はいつも目の前にある。

それに対して合唱 は、人にたとえればさしずめ辛気くさく、しかめ面をした人。
最初は近づきにくい。外見的には胡散臭くて、この時点でアウト!!となるだろう。

しかし、つき 合ってるうちにその人の奥深さがわかってくるのだ。
人を見抜く目・・・そしてそれは真実を見抜く目。
そして、それは技術的に上手くなくとも、心のこもった 演奏を是とする価値観・・・
それと、それを見抜く目に繋がる。更にはこれを培養する社会環境。
更にはその社会環境が価値観を育てる好循環・・・。
この好循 環と悪循環のせめぎ合いの中で、徐々に好循環が追いやられ、
全てが今の我々の周りから、姿を消し去ろうとしている。

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合唱エキスパートの欠乏について(その2)

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6月 022002
 

○諸悪の根元=信じられやすい「良い声・至上主義」

昔 に比べれば、テレビのドラマの主題歌やCM等で、
一流といわれる声楽家の声をきくことが多くなった(アルバイトか?)。
いわゆる良い声である。

聞いていて 心地よい。素晴らしい声だな、と思う。
しかし、それはイコール「歌唱力が優れていること」なのだろうか?? 

もちろん、我々は歌によって何かを伝えたい、表現したいのだ。その道具としての声・・・。
これが良い声であることに越したことはない。
声をコント ロールし、表現力には幅が出て説得力を持つ声になる。

だからこそ、我々は発声について学び、
個人のライフワークほどの長期的な視点で声楽とは何か取り組ん でいるところである。

しかし、私は憂えるのである、
近年の合唱演奏そのものが、声の良し悪しに左右されがちな傾向であることを。
声が良ければ全て良 し・・・ということなのか。全くもって疑問である。

地方の第九演奏会などで、地元のアマチュア合唱団とタイアップして演奏会を計画したものの、
合唱の練習 成果がはかどらず、本番当日になって二●会等から助っ人を招いて一時しのぎをする・・・
といった例がまま見受けられる。

今まで練習して来た様々な成果を、 飛び乗りで来た、一部の技術の優れた者達ににより台無しにされることがある。
それならそれで、もっと以前からの練習にも二●会ご一行様にお越し願えば良いのに。

嘆かわしいことに、こういうリスクに気がつかない、演奏会マ ネジメント担当者は意外と多いのである。
(でも、中には合唱団の母体を損なわないよう、寄り添って歌ってくれる人もいます・・・
 ん、フォローになってない か・・・汗)

日頃の合唱団の練習の中で、声自体を良くしようとする合唱指揮者の試みは数知れないが、
歌唱力向上のためのインスピレーションを与えられる合唱指揮者は数少 ないものである。

「たとえ声が悪くとも、心のこもった演奏を目指したい。」
そんなの当たり前じゃん!!とみなおっしゃることだろう。
これぞアマチュアリズ ムと胸を張る方もいるだろう。
しかし、果たして真の意味でそうだろうか??

みな、指導者側から見れば、
今の合唱団の不甲斐なさを慰める言葉として使ってい る場合がほとんどなのではないだろうか?? 
こういった声の良し悪しのみに目がいってしまうのは、あまりにも近視眼的であり、工夫がなさ過ぎる。

合唱はとにかくハモらせてなんぼであろう。
たとえば、声が声楽的でなければ、全パートを志村けんのバ カ殿の声に音色を統一してハモってみるといい。
これはハモる。驚くほどハモる!!

たとえば、そういう工夫が創造の一つであり「音楽」へのアプローチであると思う。 

念 のため申し上げるが、声の良さと歌唱力は絶対に別物であるが、それ故にお互い密接に関係するものである。
私の学生時代、オーケストラでは何と言ってもカラ ヤンだった。
クラシックの大衆化に貢献した実績には特筆すべきものがある。

当時、バーンスタインという指揮者が存命で、この二巨匠がクラシック界を二分し ているように思える時代があった。
仲間達と論争したものだが、カラヤンの「外見重視の演奏」対バーンスタインによる「人間臭い演奏」。
スポーツのように軽 快に演奏するカラヤン・・・。テクは一流の手兵、ベルリン・フィルを率い、スマートな演奏をこなす。
はたまた、人間の持っている目をそむけたくなるほどド ロドロしたところまで表現し尽くす、方やウィーン・フィル・・・。

カラヤンが他界した際は、後任にぜひバーンスタインをと独り念願したものだが、結局、ア バドで決まりだった。
・・・こんなどちらが良いなどという不毛な論争でよく夜を明かしたものだが、
根っこはこの対立構図に似ていると思うのである。 

「声 が良ければそれでいいのか??」ともう一度問いたい。
そうでないと、声が良いだけで、ろくに歌唱力のない人間がますます増長していく。
得てして、こういっ た人種には発声練習ではよく声が聞こえるが、
ソロで歌わせてみるとさほど上手くない・・・、こういう人間が多かったりするのだ・・・。

現に自分のことを 「歌い屋」などと称し、自己満足だけのために複数の名だたる合唱団に掛け持ちで所属し、
結局はどこの合唱団でもモノになっていない人間を何人も私は知って いる。
唯一、こういう類の人間は願い下げであります。(笑)

やがて、そういう人間が合唱団にはびこることにより、
良質な合唱愛好者を駆逐していき(・・・ というか、良質な側が敬遠して去っていき)、
「合唱を深めるという意味での楽しみ」を享受しようとする環境は歪められ、悪循環に陥っていくのだ。

そしてそ の果ては、聴衆の心を打つ演奏というものまでも駆逐されていくことになるのである。

 

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強化合宿行われる!!前男、新境地開拓か

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6月 012002
 

去る5月25日(土)~26日(日)に、
今年度強化合宿が赤城大沼湖畔の県営国民宿舎「緑風荘」で行われた。

赤城山中腹はレンゲツツジが咲き乱れていたが、大沼付近はまだ新緑も始まったばかり。
今年は桜の開花が早 かったので、草花の時期も繰り上がるものだと思い込んでいたが、
あてが外れた格好だ。

さて、湖畔で特製のおきり込みうどんを食べたあと、13時に館内の練 習室に集合。
早速、発声練習を始める。

ラジオ体操第一に始まり、結構念入りに体をほぐす。日頃やらないストレッチが始まると、
ちょっとコタえたらしく方々 からうなり声が上がっていた。(笑)
呼吸を経て、時間をかけての発声練習。若干空気も乾燥しており、
アップにも時間をかけることが必要であった。

14時過 ぎからは本格練習。来たる合唱祭に向けて、パートの人数調整が行われ、
急遽異動となった者は少し不安げであったが、みんな譜を外しながら歌っている!!
今までの前橋男声では絶対にあり得なかったことが現実になっているのだ!
何か、今までよりみんなが自由に歌っている気がする。
歌が自分から離れてもっと前方 で歌っているような、、、
歌が羽ばたき始めている、とでも言ったらいいのか。

しかも、あまり経験したことのなかった倍音が沢山きこえてきたり、まさか練習 場のせいではあるまい。
譜を外すことが起爆剤となり、今はよい方に振れているようだ。
ともすると、一合唱団でそんなに経験できない、
特異な時間に今回の出 席者は居合わせることが出来たのかも知れない。

今回は合唱祭で歌う「ロバートショウコラールアルバム」のほかに、
愛唱曲として、「O Holy Night」「見上げてごらん夜の星を」を練習した。

やがて、既定の練習時間が終わり、17時からソリストのみの特別練が始まった模様である。
なにやら、 赤司氏生来のまじめ路線を放棄させられ、遊び人風のエキスを注入されてしまったらしい・・・
さぞかし赤司氏は指揮者から鍛えられたことだろう、合掌。

さて、そのあとは風呂に 入って18時から夕食&宴会!!ビールで親交を深める。
暫くして近藤氏登場!!再乾杯で盛り上がる。なんと19時半過ぎ、急遽練習再開。
ホロ酔い の中、ひととおり曲を通す。

酒飲んで練習させたのは指揮者ではなく、我々の自発的な行動だ。
近藤さんが遅れて見えたが、明朝早くに立たなくては成らず、
そ れでは少しでも歌声を共にする時間を稼ごうというのが真の狙いだ。

酔っぱらいながらも、ちゃんと考えているのだ、なんてね・・・。
しかし、こういう状態で の歌いまくりは、やはり気持ちよいぞ!!さて部屋に戻り2次会開始。
筆者は日頃からの(特に家庭)疲れがたまっており、2次会の詳細はわからない。
鼾も高 らかに眠りに落ちた。それはもう心地よい天国への誘いであった。

そして、翌日、鳥のさえ ずりと共に起床。高原の朝はすがすがしい。
一番早起きは近藤氏、二番は山岸氏だったか。
私も乳白色の霧の中、湖畔を散歩したかったが。

そうすると、向こう からしゃれた外国犬を連れた可愛い女性が歩いてきて・・・等々、
しょーもない想像をしていたものだが、結局筆者は一番の早寝で一番遅起きだったようだ、無念。
朝食後、近藤氏と赤司氏が所用により下山するとのことで、玄関前で記念写真をパチリ!(冒頭画像)

9時過ぎより容赦なく練習が始まる。
10時まで念入りに体操~呼吸~発声。その後全体練習。
ベースが減って、昨日とは和音の感覚が違う。

しかしその中でハーモニーに対する各自の バランス感覚も向上したのが身をもってわかる。
指揮者の叱咤激励の渦の中、当初納得できなかったこともその都度納得できてきた。
全体のアンサンブルも精度 が増し安定度高くなってきた。

あと4回の練習しかない。
頑張れるだけ頑張って悔いの残らぬようにだけはしたいと思った。
もしかすると、詳報が練習日誌に掲 載されるかも知れない。

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合唱エキスパートの欠乏について(その1)

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6月 012002
 

いきなり何やら難しい表題である。

私の記憶が確かなら、NHKの学校音楽コンクール高校の部で群馬県からは、
昭和59年度の出場(このときは何と全国優勝 を果たしている)以来、
ここ20年近く全国大会に出場していないという驚くべき事実がある。

その前に関東大会という大きな壁があるのだが、ことごとく他県 勢に敗れ去っているのだ。

合唱の甲子園とでも云うべき栄えあるコンクールの全国大会に長期間出場していないのは、
普通なら異常な事態である。

コンクール至 上主義をことさら賛美する気は更々ない。
また、出場することにのみに意義があるという考え方なのなら是非もない。
そりゃ毎年勝手に出場していただき、勝手 に敗れ去ればいい。

教育側としてはそれはそれで、生徒達に良い経験をさせたという自己満足に浸ることは出来るだろう。
だが、その実それでは納得していない 生徒達も多いのではないか。
どうせ出場するのなら評価されたい、勝たなくては出る意味がないと。

私には合唱教育に対する教育行政としての政策的な無為無策 と、
現場の大人達の刹那的な自己満足と合唱の将来ビジョンへの想像力不足または怠慢により、
合唱音楽の素晴らしさ(それは楽しさだけではなく厳しさをも内 包した)を肌で知る機会や、
合唱団という集団の中での個人のあり方を身を以て体験する等、人間形成の上で重要な時間を、
思春期の感性豊かな子供達から遠ざ けているように思えてならない。

しかし、これも無理もないことなのかも知れないのである。
なぜなら、合唱に関するエキスパート(専門家)が、どうやら群馬 県では少なくなって来ているからなのだ。
いや、もしかしたら、今までエキスパートが不在だったのかも知れない。

○大学教育の落とし穴

県内でなくともアマチュア合唱団の指揮者には、音楽教師(または音楽教師出身)が多い。
当然のことながら大学で音楽の専門的教育を受けた方たちである。
個人的 には問題は全くない。しかし、その大学教育が大いに問題なのである。

ご存知の通り、芸大をはじめ諸々の音楽大学は、
指揮科、声楽科、ピアノ科、器楽科等 々、錚々たる学科名が並ぶが、
国内では合唱もしくは合唱指揮の研究科というものは、ほとんどないのである。

もちろん一般大学の教育学部となれば、学科名は 「音楽科」となり、
その中で各専門的コースについて学ぶといった具合である。

このように、大学での音楽教育が、ソロの演奏家中心の専門的育成の場となって おり、
合唱の専門的教育に乏しく、合唱の講義といえば、せいぜい選択科目程度であり、
学生達にも重要科目であるという認識はない。

そもそも、合唱について は交響曲や管弦楽曲の中の合唱声部という捉え方をされており、
声楽のソリストより下風に立たされているのが実情であろう。

合唱をきっかけに声楽家への道を 歩み始める者は多いが、その逆は皆無に近い。
そして、格別専門的な合唱教育を受けることもなかった人間が、いずれ音楽教師として輩出され、
学校音楽コン クールでの演奏を指揮したりする・・・ということになる。

また請われたといえ、(やむを得ず?) 音楽教師が判を押したように合唱団の指導者を引き受ける のは、
こういう大学教育の合唱軽視の風潮が素地になっているのではないか。
合唱指揮など所詮、オーケストラに比べりゃ簡単なものだというふうに・・・。

しかし、合唱は技術なのである!!ナメちゃ いかんぜよ、音楽系大学出身の皆様。
・・・もちろん、全ての音楽教師がそうであるとは言っていない。
もちろん、音楽のセンスはまあまあだろう。
しかし、何 せ大学ではほとんど合唱教育は行われていない、、、楽典や和声学に精通していても、
とかく合唱曲への造詣や合唱特有の技術への理解はさほどでない場合があ る。

もちろん、その後合唱指導者として研鑽を積み、素晴らしい実績をあげている方もいる。
しかし、知識はあっても、どだい限界が見えている。
それから先 は、どれだけ、多彩な合唱空間(それは修羅場も含めて)に身を置いて、
創造力(=想像力?)を働かせていたかが、決め手となる。

だから輝かしい学歴や華々しい演奏経歴に幻惑され、
自分たちの合唱団に招聘するのは自業自得であるにしても、
合唱を舐めきった指揮者の演奏を聴かされる のは客にとっては良い迷惑である。

合唱指揮者だけでなく、ピアニストだって、「伴奏」は特殊技術である。
やはり、大学教育では華々しいピアノのソリスト志 向に隠され見下されがちである。
「伴奏」って、やっぱり選択科目だったような・・・。

ソリストとして有名なピアニストを(無理矢理?)合唱演奏会の伴奏者 として招いて、
ステージ自体が失敗に終わった例は枚挙にいとまがなく、
そういう現象は現在も平然と日本各地で行われているのである。

ともかく、「合唱指導 (指揮)者」「伴奏者」「歌い手」はともに、
社会的に一人前としての認知を受けずに、どこか斜陽産業のように脇役へ追いやられている。
だからこそ、その3 者に係るエキスパートが欠乏してきているのである。

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